2019年11月12日

もしかして、富士山日より


 今朝6:30起床。カーテンを開けると雲1つない晴天。

 すぐにデジタルカメラを持って、マウンド舎人に向かう。

 ただし、早足では遅いと思い自転車で。

 思ったように富士山日よりだった。


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 とても気分がいい(^_^)

ラベル:富士山日より
posted by トモ兄 at 11:02| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月10日

男子団体 決勝 中国対韓国


 卓球ワールドカップ団体戦

 男子団体 決勝 中国対韓国
 中国3-1韓国
 https://www.tv-tokyo.co.jp/itwc2019/result/mtf.html

 卓球ワールドカップ団体戦 男子準決勝
 中国3-0日本
 https://www.tv-tokyo.co.jp/itwc2019/result/mtsf_1.html

 ライブ中継を見て感じたことは、中国選手の強引さ。

 無理やりで、リスクが高いプレーに感じる言葉だが、実は全く違っている。実力があり、その上勇気が必要で強気なプレーなこと。
 つまりリスクを引き受けることで、リターンを得ることができる。
 中国選手に勝つためには、日本選手も韓国選手も実力は伯仲していると思ったが、この強引さが少なかったように感じた。

 中国選手に勝つためには、強引な攻撃が時には必要だと思った。きれいな卓球だけでは、中国を超えられそうにない。

 
 卓球ワールドカップ団体戦 女子決勝
 中国3-0日本
 https://www.tv-tokyo.co.jp/itwc2019/result/wtf.html

 卓球ワールドカップ団体戦 女子準決勝
 日本3-1韓国
 https://www.tv-tokyo.co.jp/itwc2019/result/wtsf_2.html

 日本選手は中国選手に実力が伯仲。しかし、勝ちきれなかった。
 この借りは、東京オリンピックで返す。
 ファイト!日本

posted by トモ兄 at 13:03| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月07日

9日中国と事実上の決勝戦(卓球ワールドカップ団体戦)

 中国との戦いが終わり、卓球ワールドカップ団体戦の感想を書こうと思っていたが、我慢できなくなった。

 日本対ドイツ戦で、あまりにも興奮してしまった。ほんとドキドキハラハラものだった。テレビ中継でこんなに興奮したのは初めてかもしれない。

 スポーツは筋書きのないドラマといわれるが、勝手に日本が勝つ筋書きをつくる。ところが、重要な1番手のダブルスを落とした。それでも最後は、日本がきっと勝つ。しかし、まさかシングルスで3連勝するとは思わなかった。しかも、2番手に登場したエース張本智和はオフチャロフに、3番手の吉村真晴はボルに、ともに初勝利。こんなことがあり得るだろうか。4番手の張本智和はフランツィスカに勝って、日本はドイツを3―1で破り準決勝に進んだ。

 祝杯を挙げたい気分だが、これから仕事。

 9日の中国戦(準決勝)は事実上の決勝戦だ。
 祝杯はそれまでとっておこう。
 日本はきっと勝つ。

 もっと書きたい気分だが、これから仕事なのだ...
 
 
posted by トモ兄 at 23:38| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「バスキア展 MADE IN JAPANⒸ」を見た帰りに

 バスキアの作品には、なぜ骸骨をモチーフにした顔の作品が多いのだろう。以前カラヴァッジョ展の感想で、ヴァニタスについて考えた。

 ヴァニタスとは、人生の空しさの寓意を表す。例えば、作品の画面に人の定めである死の比喩で、頭蓋骨や腐ってゆく果物などを置き、見る者に生の儚さや快楽の空しさを喚起させる意図をもっている。

 バスキアの作品の魅力や凄さは、激しいタッチや強烈な色彩感覚だけではなさそうだ。つまり、一見カジュアルで、子どもっぽさの残る生まれたての画面に、生と死が漂っている。
 
 ハッキリとはいえないが、この凄さがだんだん感じなくなる頃、著名な映画スターや経営者所有による高騰した価格に驚き、バスキアの魅力が倍増するのか。それとも、バスキアが理不尽さと戦い続けた、27年間の人生に思いを馳せるのか。


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 バスキアの作品を見て、ミュージアムショップに立ち寄り、

 ポストカードとBASQUIAT handbookを購入。

 帰りに何点かiPhoneで撮った。



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 Cafeの壁にバスキア展の告知と作品(無題/1982)

 見せ方がセンスいいと思った。

 いつになるか分からないが、今度寄ってみようかな。


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 六本木ヒルズ52階から見える景色は素晴らしい。

 国立新美術館も見えます。ここで、「ウィーン・モダン

 クリムト、シーレ 世紀末への道」を見ました。


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 六本木ヒルズ森タワーに入館したのは、3回目か。

 都市塾の卒塾式、新・北斎展、バスキア展


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 地下鉄への通路に、tokyo FILMのポスターがありました。

 パーコレーションがフイルムをイメージしています。

 そういえば、最近映画をあまり見ていない。



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 自宅に戻り、今日の戦利品を整理。

 カタログは迷いに迷って、BASQUIAT handbookを購入。

 それにしても、チラシの頭部は力強く迫力があります。

 この作品のモデルはいないようです。

 グラフィティから本格的な絵画へ移行する時期の作品。


 これまで黒人は描かれてなかった。

 だから、バスキアは黒人を主要人物として描くそうだ。

 ここにも、黒人への差別と怒りが感じられる。


 バスキア展で気に入った作品は、

 モノクロのポストカード。

 絵の中心の顔は白人?それともネガとしての黒人!

 深い意味がありそうだ。考えすぎか。

 様々なストーリーが書かれている、ノートが描かれている?

 具体的には解読できなくても、

 想像を掻き立てられ、様々な解釈を楽しめそうだ。

 正に絵と言葉が融合した作品で素晴らしい!



 最近よく感じることがある。

 僕はアーティストが描いた絵を見ながら

 違ったことを考えている自分を発見することがある。


 この界隈のデザイン事務所に

 5〜6年務めていたことがあった。

 やっぱり、六本木はいいな👑


posted by トモ兄 at 00:39| 東京 ☀| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月05日

「バスキア展 MADE IN JAPANⒸ」を見た

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 80年代のアートシーンで、アンディ・ウォーホルやキース・ヘリングの作品は雑誌などで知っていた。ところが、ジャン=ミシェル・バスキアは名前ぐらいで、作品については何となく程度だった。
 だから、「バスキア展 MADE IN JAPANⒸ」は初めてのバスキア体験で、森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)で見ることになる。それだけではなく、「バスキア」(映画・ドラマ)、「バスキア、10代最後のとき」(映画・ドキュメンタリー)も見た。また、「バスキアを見たか。」(雑誌・Pen)、「バスキア ハンドブック」も購入し読んだ。

 11月3日(日)、森アーツセンターギャラリー入口であるミュージアムコーンに13:30到着。入場制限が掛かり当初は80分の待ち時間だったが、結局、入館できるまで2時間も待たされた。バスキアの人気の高さを見る前に知らされる。こんなに待たされたのは、伊東若冲以来の出来事だった。

 館内でバスキアの作品を見たのは約1時間30分程度だったが、20世紀美術最大の巨匠の一人と言われていることを納得できるような、作品は斬新で強烈な印象があった。

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 僕なりの感想をまとめると、一見無垢な子どもっぽさが見られるが、絵と文字を融合させた世界観は野心的で才能に満ちあふれ、約10年間で燃焼しきった。

 バスキアの言葉が残されている。

 僕はアーティストが描いた絵よりも、
 子どもが描いた絵が好きなんだ。

 父さん、僕はきっと有名になる。


 唐突だが、今年の5月に「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」(国立新美術館)を見た。クリムトとシーレの親子にも似た関係(庇護者)が、アンディ・ウォーホルとジャン=ミシェル・バスキアに重なった。 
 
 また、シーレは28歳、バスキアは27歳で夭折。シーレは第一次大戦へ向かう20世紀初頭で。バスキアはエイズが蔓延した80年代。死を意識せざるをえない時代を生き、しかも、シーレは警察に目を付けられ、バスキアは黒人社会が受けている弾圧に憤った。2人は取り巻く環境の理不尽さと戦い、不安や怒りやまた野心を原動力とし作品を描き上げたのか。

 シーレは当時タブー視されていた性などを表現した作品はポルノグラフィーと評され、バスキアはスキャンダラスでキワモノと思われてきた。
 
 ところが、時代を経て今再評価されているらしい。
 その実態はよく分からないが、僕にとって初めて体験する、バスキア展で、あの長蛇の列を見て驚いてしまった。ジャン=ミッシェル・バスキア展に何を求めているのだろうか。そしてどんな共感を感じるのだろうか。

 おそらく、僕たちは現実の混沌としている世界に住み、理想化や神聖化されたアカデミックな世界に飽きていて、もっとリアル感を欲している。つまり、現実が最先端であり刺激的なのだ。

 僕のお気に入りの、80年代にバスキアが理不尽さと戦いながら表現した作品の前に立ち、沈黙のコミュニケーションが交わされ、不思議な感覚だが開放される。僕が展覧会で体験するとは、そんな経験をすることに他ならない。つまり、見たいだけなら、もっと多くの作品が収録されているカタログやネットで十分なのだと思う。

 やはり、実物は凄いのだ。




posted by トモ兄 at 01:47| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする