2019年02月28日

特訓の最終日は、1:30起床

 昨日は、レギュラーで印刷入稿が3本あった。また、新規のための準備もしている。その合間を縫って、見積もりや請求書を発行。いつものことだが後半戦でバテてしまい、夕食後「相棒」を見ながら横になると記憶がなくなった。目が覚めたのはお約束の午前様で、自分に言い聞かせると、不思議なぐらい目が覚め帰ってくる。

 まずはバリスタで珈琲を入れる。メールチェック。ブログを1時間以内でアップし目を覚ます。

 これから、請求書をつくる。
 それから、やはりいつものレギュラーを制作、また新規広告のラフも制作する。

 特訓の週は、いつもこんな感じなのだ。
 ファイト
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ラベル:最終日 特訓の週
posted by トモ兄 at 02:51| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月27日

生ワインを買って、菜の花を買って

 とあるお店で、赤と白の樽出し生ワインを専用ボトルにボトリングしてもらった。ワインは詳しくないが、赤はカベルネ・ソーヴィニヨン(主体品種)、白はシャルドネ(主体品種)。無殺菌・無濾過のためなのか、まろやかな口当たりで、しかもスッキリとした味わいが特徴。いかにも若々しい味がする。
 同窓生の自宅にワインクーラーがあり、そこで飲ませてもらった赤ワインは、抜群に美味しかったが、樽出し生ワインは、また別の味わいでいい。

 そのお店では様々なスイーツもあり、糖質86%カットにすぐに反応してしまい、テーブルパンも買った。このパンは干しぶどう入りで、トーストしバターを付けて食べると、ほんと美味しかった。

 帰り道の途中では、前回もそうだったが農家に寄り道した。入り口付近に無人販売スペースがあり、地のものの赤カブと菜の花を買った。
 さっそく菜の花を飾ると、リビングがパッと明るくなった。その花が左サイドバーの菜の花だ。
 赤カブは南蛮酢で和えて、冷蔵庫に数時間入れてから食べた。これがまた美味しいかった。しかも、菜の花+赤カブ=計200円、素晴らしくリーズナブル。

 ワインのお店と南蛮酢も卓球仲間から教わった。ほんと感謝だ。ワインと花のお買いのもコースは自転車で約1時間半のコース。これから日増しに温かくなっていく。とてもいい夫婦の習慣になりそうだ。

 次回も、生ワインを買って、花を買おう。

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2019年02月26日

少しだけアップデート

 ポートフォリオとスケジュール表をアップデートした。ダメ元で、少し動いてみようと思っている。久しぶりにそんな気分になった。そのための準備としてアップデートする。
 
 気分とは、その心持ちが長く続いた状態だそうだ。だから、飽きないうちにと思っている。
ラベル:アップデート
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2019年02月24日

今日のスケジュールは...

 gacco: ga131
 心理学スパイラルアップー多角的な視点からの接近

 Week3:こころに寄り添う 
 ―臨床心理学からの接近で学んだこと

 人の行動の背景にどういった心理やこころがあるのだろうか。臨床心理学では重要なポイントで、自分自身のこころのあり方から、他者のこころのあり方を推測していくことをメンタライゼーションと呼ぶ。

 こころに寄り添うという講座の導入部で、私は他者の行動について理解ができると思い込んでいた。とことが、実際には自分自身の行動についてより理解ができたように感じる。
 これがメタ認知というのか。

 先ほど書いたブログの書き出しを変え、ここで書いたことをコンパクトにまとめ、この講座にお礼の投稿をしようと書き始めている。たぶん、結びの言葉は、難しかったが「面白かった」と。また、こころによく効く、「読む薬」だったとなる予定だ。

 今日のスケジュールは、「心理学スパイラルアップー多角的な視点からの接近」のディスカッションに投稿。

 それから、かみさんに付き合って地元で買い物。糖尿のくせにといわれながらも、生ワインを必ず買いに行く予定だ。
 前倒しで見積もりの事務仕事。実は文章を書くよりも疲れる。今月はいつもの月末の特訓を前倒しで行うので、若干楽かもしれない。
 あとは、のんびり...

 おそらく、今日も間違いなく早寝する。まだ影響している。
 つくづく、徹夜はもう無理(-_-)zzZ 


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posted by トモ兄 at 12:02| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ストレス解消に、こころの友達を

 最近、「心理学スパイラルアップー多角的な視点からの接近」という講座で学んだことがあります。そのことを踏まえて、コーピング(ストレスの対処)について書いてみたいと思います。

 ストレス対処方法には、他者に打ち明けるという方法があるそうです。ところが、話し相手がいない場合はどうするか。

 この問題を解くには、アンネ・フランクリンの事例が参考になります。「アンネの日記」はいうまでもないのですが、隠れ家の暮らしで、父親から日記帳をプレゼントされます。
 ここでは、誰かに話しをするどころか、物音さえ立てることができない環境で、ストレスが溜まったに違いありません。そこで、アンネ・フランクリンはどのようなコーピング(ストレスの対処)をとったのか。

 アンネ・フランクリンは、日記に「キティ」と名前を付け、
友人に語りかけるよう形(あなたは私の心の支えです)で記しました。つまり、アンネ・フランクリンは日記を擬人化することで、過酷なストレス状態から抜けだそうとしたようです。

 このような現象を、イマジナリーコンパニオンあるいはイマジナリーフレンドというふうに心理学では呼びます。想像上の友人や空想の友人のことです。

 4歳前後ぐらいまでは比較的よく見られる現象で、「キティ」ちゃんとよく話をしていた子供のことを思い出します。この想像上の友人の役割は、不安を和らげて発達を促すことだそうです。大人になると、そういった知識やスキルを次世代へ向けて、発信することができるようなになります。この知識や知恵というものが、年齢を重ねることによって結晶化するという意味で、結晶性知能の高まりとかクリスタライズドと呼ぶそうです。

 だから、子供たちにストレッサー(苦しみをもたらす刺激)があり、不安というストレス(状態)にある時、想像というものが心を救い、多くの場合は願いだったり祈りだったりします。そんな子供たちに寄り添ったりサポートすることが、結晶性知能を持った、大人の役割だということになるそうです。

 たとえば、宮崎駿さんのアニメ映画もそうですが、子供と一緒に楽しむ親御さんも大人の役割だということになります。

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posted by トモ兄 at 03:46| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月22日

目覚ましブログ、果報は寝て待て

 とあるクラウドソーシングサイトのコンペに参加した。
 75名の応募があって、バリエーションも含め124案が提案され、1案が採用される。もしかするとと思うと、ドキドキしたりする。確率は1/124だが、もうすでに宝くじを購入した気分になっていて、はしたないが当たれ〜!果報は寝て待て、アイディアは練って待て!^_^;

 採用されると20,000円いただける。しかし、この金額で124案が集まるとは、なんと厳しいことか。このクラウドソーシングサイトでは、こんなことが日々繰り返されている。

 今年の10の目標/3つのマストの1つのマストで、やっと2月中旬になってスタートが切れた。コンペに参加したことが直接の原因ではないが、何年ぶりだろうか不覚にも貫徹。

 もうフラフラで完璧に眠いが、今日のパンフのラフラフ提出は大丈夫だっただろうか。また、いつものように新聞3面の印刷入稿と別件のラフ提出がある。寝てられない。そこで、原稿の待ち時間に、目覚ましブログを書いている。

 今日は夕方から、卓球練習&飲みニケーション。
 まだ寝るには早い。
 一応目指す。ファイト!
posted by トモ兄 at 12:38| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

昨日、肩にシップを貼った 

 2月15日に練習したが、その1週間前から突然肩が痛くなった。以前、五十肩に2度なった経験がありその痛みとは違っている。だからほったらかしていた。そして昨日、体だけでなく肩も痛くなったので、肩にシップを貼った。
 今朝、肩を回してみると痛みは柔らいでいた。

 どうして肩が痛くなったのか。今回は五十肩でないと思っているが、もう少し経過をみて通院するか決めたいと思っている。

 五十肩は2度なった。1度目は通院しなく、卓球のコーチをすることによって治った。それだけでなく、よく書いているヘボコーチになってしまった。理由は正に本末転倒で、コーチしている1人卓球部員よりもコーチしている本人が強くなってしまった。在住区のシングルスの試合で、1ゲームも落とさず優勝。1人卓球部員はそれまで1回戦ボーイだったが、僕がコーチしてから、いきなり東京のインターハイシングルス予選で5回戦まで進んだ。そして、目標にしていた国公立の最後のシングルス1回戦で姿を消した。ほんと悔しい思いをした。

 2度目は、1度目よりも痛くなり、糖尿病の時もそうだが自分なりに調べてみた。このときはすぐに専門医を訪ねた。

 五十肩とは、四五十歳の頃に多く発症する。
 鋭い痛みは、肩(関節)で発症する。肩(関節)とは、腕の骨(上腕骨)と肩甲骨との間の関節のことで、肩関節の痛みと、腕の可動範囲の制限を伴う病気の総称です。

 従来は、腱板損傷(たとえば、棘上筋[きょくじょうきん]の付け根が断裂する)や石灰沈着性腱板炎(肩腱板内に沈着したリン酸カルシウム結晶によって急性の炎症が生じる)なども含めて五十肩と呼んでいたが、近年では、肩関節周囲炎を五十肩と呼ぶようになった。

 僕なりに五十肩のことを
 最近の僕と五十肩_2にまとめた。

 このブログを書いたとき、初めて肩関節の有料画像を仕入れ、参考の画像もつくった。gaccoで「人体ソムリエの道」という講座も参考にした。また、肩関節と肩甲骨の関係がよく分かる画像もリンクを貼った。(肩が180°上がると、肩関節は120°しか上がらず(回転しない)、残りの60°は肩甲骨が働く。つまり、肩可動の関係は、肩関節2対肩甲骨1の関係になる)

 僕なりの結論は、専門医で治療を受けること。肩に注射をされると思うが(関節包に含まれる、潤滑油の役割を担っている体液が減少しているため、同等のものを注入し元の状態に戻す)、今までの痛みが嘘みたいに取れる。
 五十肩は自然に治ることがあるが、自然治癒の場合は関節の可動域が狭くなることがあるそうだ。

 火曜日はヘボコーチなので、その時の肩の痛み具合でどうするか決めたいと思っている。

ラベル:五十肩
posted by トモ兄 at 11:30| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月16日

2週間ぶりの卓球練習

 一昨日、クライアントが福岡でイベントがあった。終了後、東京へ22:00に戻り次第、順次原稿等を送ると連絡が入った。おそらく無理だろうと思ったが待った。案の定原稿入稿はなかった。そうなると、金曜日の印刷入稿スケジュールはかなりタイトになる。
 
 印刷入稿が終了したのが17時頃。ヘトヘトになった。

 金曜日のスケジュール表を見ると、スタートは1:00で別件のラフを仕上げた。起床が6:30。仕事は9:30からスタート。結局1本ラフ提出。4本印刷入稿した。
 また、新規の仕事が入り、イメージをつくるため資料収集をしなければならない。

 なので、卓球練習に行くか迷った。もし練習に行くと、その練習会場は今年になって初めてだ。だから、思い切って行くことにした。当然だが、飲みニケーションも。
 
 この文脈だと、腹が立ってしょうがない。
 ところが、クライアント自体のスケジュールがかなりタイトなので、担当者のことを心配してしまった。そんなスケジュールの良し悪しは別として、対応しなければならい。もちろん、もっと普通に急いでという気持ちはある。

 今更だが、この業界に身を置き、生き残って行くことはほんと厳しい。他の業界もそうかもしれないが。

 いつものヘボコーチがお休みだったので、昨日は2週間ぶりの卓球練習となる。しかもひさしぶりに試合練習もした。
 朝起きると体が痛いこと痛いこと。

 今日予定は、gaccoの最終課題を行う。
 ファイト!
posted by トモ兄 at 13:16| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月15日

PaPaを偲ぶ 思い出すことは供養になるので

 1月12日東卓5部の団体戦に出場した。その時に、M選手と同リーグになった。この選手は、お子さんが兄弟そろって有名な選手。卓球ファンだったらすぐにピン!とくると思う。
 同チームの若いメンバーは試合の待ち時間に携帯を覗いていたが、老テクの僕は、古い記憶を辿りながら、PaPaのことを思い出していた。

 約30年前に、阿佐ヶ谷オープンに参加した。その時に左ペンドラの強い選手がいた。その選手がM選手だった。何でも、大学生時代、関西の大会ではシングルスで優勝するような強い選手で、実業団ではシチズンの選手だったとか。そんなことを教えてくれたのがPaPa(パソコン通信時代・卓球フォーラムのハンドル名)だった。

 その試合は、PaPaから誘われた。PaPaは試合の前日、僕の家へ夕方迎えに来てくれた。それから、試合会場に近いPaPaの自宅に泊めてもらった。当然だが夜は飲みニケーション。団体の中にいるPaPaと、個人的に付き合うPaPaは違ったイメージだった。翌日、阿佐ヶ谷オープン(団体戦?)に出場した。
 
 PaPaとはパソコン通信時代卓球フォーラムのオフ会で知り合った。そのころほとんどの人が20代で、唯一30代だったのが僕とパパだった。旧文総体育館で練習し、湯島の坂を下り、海ごはんという飲み屋さんで、毎週酒を酌み交わした。

 当時、仕事でストレスの塊のようになっていた。ストレス対処をコーピングというが、情動焦点型と問題解決型があり、いい汗かいて酒を飲んで憂さを晴らした。実は長い目でいうと、情動焦点型コーピングの憂さを晴らす方法は、ストレッサーの問題を解決していないので、いずれ問題解決型コーピングということになる。とにかく、当時はいろんな人と卓球&飲みニケーションを楽しんだ。とてもいい思い出だ。

 昨日、卓球仲間のひとりである、現在、卓球をもっと楽しくをモットーにP4MATCHという卓球統合環境サービス運営中のツカちゃんから、PaPaを偲ぶ会の連絡があり、久しぶりに荒川で練習会&PaPaを偲ぶ会に参加する。

 体の調子が優れないとは聞いていたが、まさかだった。ほんと驚いてしまい、一時放心状態になった。
 それから、いつ会ったのが最後かなと思い出してみた。

 それは、ENDくんが企画した、夏の卓球合宿で清里の清泉寮で現地解散、握手を交わし別れたのが最後だったように思う。
 とても個性的な人だった。面白い男だった。

 PaPa、とても残念だがいずれまたね...
 ご冥福を祈ります。
  
posted by トモ兄 at 18:33| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月14日

「神様は乗り越えられない試練は与えられない」

 昨夜、#池江瑠花子で検索し、ツイッターを読んだ。

 競泳女子で個人5種目の日本記録を持つ池江瑠花子は、神がかりのような成績を挙げ、その勢いで、2020年東京五輪の日本水泳女子のエースとして、金メダルを獲得するドラマチックなストーリーを期待している。卓球選手にもいるが、感覚的には、遠い遠い親戚のおじさんのような気分だった。

 12日に自らのツイッターで「白血病」を公表。
 13日にツイッターを更新し、現在の心境をつづった。
 
 私は、神様は乗り越えられない試練は与えられない、
 自分に乗り越えられない壁はないと思っています。
 そして、必ず戻ってきます。と結んだ。

 感覚的に、遠い遠い親戚のおじさんだから、
 ゆっくりしっかり病気を治療してね。
 待っています。

 池江瑠花子は素晴らしいひとだ。

posted by トモ兄 at 10:52| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

兄より写メールが届く

 兄が矢上・虎馬園(こうまえん)で撮った梅の写真を送ってくれた。場所がどこだか分からないので、地図で検索してみると、行ったことがない場所だった。兄が送ってくれる撮影の場所は、僕が知らないところが多く、長崎出身だが、兄の写真で長崎観光をしているような気分になる。


梅3.jpg

梅1.jpg

梅2.jpg


 兄のフェイスブックを覗くと、2016年に長崎ピースミュージアムで、長崎ほっつき歩記(あるき)の個人的な写真展を開いていた。なかなかいいタイトルだ。しかし、そこまで写真が好きだったとは...。
 
posted by トモ兄 at 02:24| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月12日

2月の目標は

 今年は、10の目標/3つのマストを計画し実行しようと、リストをつくり、スケジュール表もモデルチェンジした。

 今週から3つのマストの1つを実行に移す。2ヵ月で達成率を評価し、改善。いわゆる...、PDCAのサイクルを回す。

 過去3年分の売上表やスケジュール表や見ると、スタートするには2月が忙しくなくてちょどいい。しかし、今年は計画の前倒しがあるようだ。実行に移すと、間違いなくオーバーワークになる。だからこの計画を先延ばしにする。立派な理由だが、そんなことを言ってもしょうがない。できない理由を先に言っているに過ぎなく、いつの間にか消滅する。

 とにかく1回転させようと思っている。どうなることやら...

 自分に、こうご期待。ファイト!

posted by トモ兄 at 15:35| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月11日

ここ3日間の雑感

 金曜日は、仕事を終え夕食後、プライム・ビデオで『婚約者の友人』監督フランソワ・オゾンの映画を見た。嘘も方便というが、とても切ない映画だった。モノクロ画像がとても美しく、所々、効果的にカラー画像に変わる。
 今年になって6本目となる。この調子だと、今年も50本は見ることになるだろうか。映画は封切りでないが、僕にとって初めて見るという意味で、どんなに古い映画でも封切りだ。
 今年も、いろんな映画を楽しもうと思っている。

 土曜日は、1本仕事をしてブログも書いた。またYouTubeでクイーンを聴いていた。現在『ボヘミアン・ラプソディ』の映画が大ヒットしていて、おそらく1〜2年後にプライム・ビデオで見られる。映画館で見ると、コンサートのような一体感が生まれそうな感じがするが、どうするか迷っている。

 そういえば、故フレディ・マーキュリーは日本文化に興味があり、仏画作家のファンであったらしい。僕は随分後でそのことを知った。その仏画作家は、武田仁というひとです。

 僕はその人をジンさんと呼び、ジンさんは僕のことをトモちゃんと呼んだ。ジンさんは絶対に社長とは呼ばせなかったし、正にオヤジという存在で、仕事では厳しく本気で怒られた。しかし、普段はとても優しく魅力的な人だった。

 僕はプロダクション勤務が約15年ほどで、それから独立し現在に至っているが、長崎出身のカメラマンにジンスタジオ(広告制作の個人事務所)を紹介された。40年も前のことだったが、よく覚えている。

 先ほど書いたように、殴られはしなかったが、とにかく毎日怒られ怖くてしょうがなかった。ところが不思議なモノで、相手をオヤジと思い始めると、擬似的であるが不思議な関係になる。子供が反抗期を迎えるように、僕もそうなっていった。そんな感じで、約2年半だと思ったがお世話になった。

 ジンさんに、最初に教えられたことは、デザインのことではなく、手に雑巾を持って便器を丁寧に掃除することだった。
 掃除とは関係ないが、四谷コクテール(ジャズがかかっているようなバル)にも、よく連れて行ってもらった。

 また、入社?した1979年は、小野誠治が世界卓球選手権ピョンヤン大会で優勝した年で、その日は仕事が忙しく、近くのラーメン店で夕食をとった。当時卓球をやっていなかったが、天井近くのテレビでスポーツニュースが流れていて、突然のことだったが、小野誠治が郭躍華を破り世界チャンピオンになったことを知った。僕は驚きのあまり、ひっくり返りそうになった。だから、当時のことをよく覚えている。

 そのころから少し経ったと思うが、ジンさんは、サプリメントブランド「ザバス」の、立ち上げ用のSPツール制作を担当し、僕はジンさんがデレクション&デザインしたラフを元に、ひたすら版下作業をしていた。
 その制作物を終えたころからだと思ったが、仏画を描き始めたと記憶している。

 40年前から一気に一昨日に戻るが、ジンさんのことをネットで検索し、ある人のブログにアクセスした。そこには懐かしい写真があった。僕はジンさんの若々しいころの印象しかないが、間違いなくそこにいるのはジンさんだった。
 そして、ジンさんのことが書いてあるページで亡くなったことを知った。ジンさんにお世話になった、いろんなことを思い出しながら、手を合わせた。ありがとうございました。

 土曜日は、14時から上野の東京国立博物館大講堂で開演された、小学館文化講演会、「若冲だけじゃないぞ ─ いま、『奇想の系譜』を読み直す」を満員の中で聴いた。講師は辻惟雄先生(東京大学名誉教授)、山下裕二先生(明治学院大学教授)で、2月9日から始まった「奇想の系譜展江戸絵画ミラクルワールド」に展示されている作品や、今回は展示されなかった作品も含めて、様々な説明を受けた。

 若冲だけでなく他の奇想の作家たちも、初めは海外のコレクターの目に留まり海外に多く流失した。そのころは、日本で評価されていなくて、おまけに作品も安価なので余計にコレクターに収集された。これは不味いと、辻惟雄先生は奇想の系譜として、伊藤若冲などの再評価を試み、現在の人気の礎をつくった立役者だった。弟子にあたる山下裕二先生は、「奇想の系譜展江戸絵画ミラクルワールド」を企画した。

 山下裕二先生はほんと面白い。説明するための画像が壁に、作品と山下裕二先生が映し出されると、なぜだろう、会場の観客から笑いがこぼれる。漫才をやっている訳でないが、人徳だろうか。
 
 講演中に冗談半分本当半分の衝撃の告白もあり、14時から始まった講演は、面白すぎてすぐに終わってしまった。そんな感じだった。
 
 そして、「奇想の系譜展江戸絵画ミラクルワールド」は、東京国立博物館のすぐ側の、東京都美術館で開催されている。
 その日はいい予習ができたが、その日、見るのは無理。
 東京都美術館はドアツードアで1時間も掛からないので、
 後日、改めて行くことにする。

 3日間だが、いろんなことがあった。
 また、だらだらと書いてしまった。

posted by トモ兄 at 12:25| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月09日

東京は雪

 今朝、朝刊を取りに行くとき、ちょっと外に出て

 iPhoneで写真を撮りました。寒〜。

雪2.JPG

雪1.JPG


 午後、長崎の兄より写メールが届く。

紅梅.jpg

丸山の梅園天満宮 紅梅


白梅.jpg

西山の松森天満宮 白梅

 当たり前だけど、

 東京は、やっぱり北だ。

 寒〜。

posted by トモ兄 at 17:00| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

待ち時間に、ナルキッソス_3

 つづきは...中断することにした。忙しくなった訳ではないが、混乱してきたので少し間を置くことにする。

 ナルキッソスが、水に映った自分(過去の無関心な自分)の姿だと気付かない自分(現在の恋する自分)が、水面から離れなくなるシーンを考えると、水に映った自分は正に虚像で、どんなに恋しくても手に入れることができない。それでも手に入れようとすれば、救いようがない悲劇が待っていて、精神分裂や破滅に向かう。

 また、そこに咲いた水仙は鎮静作用があるために、人の正常な感覚を麻痺させたり衰弱させると解釈されている。つまり、病的なナルシシズムの状態にある。(ただし、ナルシシズムは、健康的な状態と病的な状態に分類されるようだ)
 しかし、神の罰つとはいえ無関心から関心を示し失恋の罰を受けたのだから、神に赦されるという選択肢はなかったのか。
 この物語は、うぬぼれを戒める教訓として用いられるが、もし国のリーダーだったらと考えると、空恐ろしい。 
 
 また別の話もある。ナルキッソスは幼くして亡くなった双子の妹が大好きで、水面に映った自分を顔を妹の顔だと思い込み、その場を離れられなくなった。その光景を見ていた神々が同情して、ナルキッソスを水仙にした。

 この2つの物語で、神がとった行為は義憤と同情で随分違うなと思うが、いずれにしても悲劇だ。また、こういう悲劇が芸術家を刺激するのか、絵のテーマにもなっている。ギリシャ神話の神々の物語は、文化や宗教に様々な影響を及ぼしているらしい。

 唐突だが、川面に映った顔に、自分自身ではなく懐かしい父親の顔を発見した人がいた。『シッダルータ』ヘルマンヘッセのインドを舞台にした小説で、このシーンは最大の山場で、短いサイクルの輪廻を知るきっかけとなり解脱する。

 鏡がない時代に、何かに自分自身を映すことによって、見えない自分を見ようとする行為は、姿だけではなく「自分を知る」というテーマが含まれているようだ。いずれ誰もがこの問題に悩まされる。

 偶然だと思うが、『エゴン・シーレ』坂崎乙郎著で、なかなか先に進まない中、気になる内容があり引用する。

 “シーレが自画像の多くに思い切ってナルシスティックなジェスチャーをとらせたのは、よほど外貌に自信があったからに相違ない。それともう一つ。彼は父アドルフの理想像と恋に陥ち、このことは彼が自分の魂と恋に陥ちたことを物語るのだが、自己および他者を客観的に判断する基準を失う危険を冒していたことを証明していよう。”

 また、シーレはゴッホの後継者でナルシシストという文脈だけでは、僕自身の思考は偏る。たとえば、シーレは28歳で亡くなった。自殺かとすぐに思ってしまったが、年譜を見ると、1918年2月6日、グスタフ・クリムト死亡。同年10月28日、妊娠中の妻エディが、スペイン風邪により死亡。その3日後、10月31日、シーレ自身もこの疫病の犠牲となる。

 とにかく、読み進めていこう。これからどうなることやら...
 自分自身で意図的に選んでいないが、みんなのデジブック広場の『ナルキッソスへの思い』を見た。その流れでこんなことになった。『エゴン・シーレ』は4月の展覧会の自分なりの予習だった。そんなことは、他の展覧会でも同様に行った。gaccoでは、『心理学スパイラルアップー多角的な視点からの接近』を受講している。なんだかつながっているような...

 明日は、若冲だけじゃないぞ!-いま『奇想の系譜』を読み直すの講演会に行く。また、『エゴン・シーレ』の読書中に、2冊の実用書を読んだ。
 僕は読書家ではない。ほんと気まぐれは疲れる!

 いまから、仕事

posted by トモ兄 at 11:52| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月07日

待ち時間に、ナルキッソス_2

 つづき...

 昨日21時就寝、今朝は5時起床。睡眠時間はたっぷりの8時間。まずメールチェックすると、昨日23:56に修正があった。すぐ修正に取り掛かり7時にメール。

 これから、ナルキッソス_2を考える。

 ギリシャ神話(紀元前15世紀頃、口承で伝えられてきた古代ギリシャの諸民族に伝わった神話・伝説)の時代には、おそらく鏡はなく、人の姿を見ることはできても、自分自身を見ることは難しかった。しかし、見てみたいという欲求はあったに違いなく、大昔は、鏡の代わりに、水溜まりなどの水(面)鏡を使っていたと考えられる。

 また、ナルキッソスに不満を抱いた人たちの「彼が誰かに恋をして、彼も失恋して悲しむこと」という神への願いは、叶えられる。

 ある時、ナルキッソスは神々の狩りに付き合わされたが、彼は狩りに興味なく、ひとり小川のほとりを歩いていた。その時、水面にこの世の物とは思えないほど美しい少年がいるのを見付けた。彼は、この少年に恋い焦がれてしまう。

 そして、鏡がなかった時代であるが、まさか水に映った自分(過去の無関心な自分)の姿だと気付かない自分(現在の恋する自分)が、水面から離れられなく何もできなくなり憔悴しきったナルキッソスは、そこで死んでしまう。

 つまり、預言者が言っように
 「自分のことを知ったらナルキッソスは死ぬ」

 彼が死んだ後、小川のほとりには、一輪の水仙の花がありました。この伝承から、水仙のことをナルシスまたはナルキッソスと呼ぶようになった。

 悲劇の死を遂げたナルキッソスの、「自分のことを知ったらナルキッソスは死ぬ」という預言には、深い意味がありそうです。また、なぜ1輪の美しい花を咲かせたのでしょうか。

 その解釈は、いろいろありそうだ。

 つづく...
 
posted by トモ兄 at 10:40| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月06日

待ち時間に、ナルキッソス_1

 いつものように、印刷入稿が始まり仕事が混んでくる。これからの3日間は、クライアントからの指示(制作・修正・追加変更など)待ちの状況になる。以前はこのいつ来るか分からない待ちの状況が苦痛だったが、いまはそんなイメージがない。待ち時間は、タイトなスケジュールの気分転換で、スピードアップにつながったり、また同時に、面白い気づきがあったりするチャンスでもある。

 たとえば、左バーにあるみんなのデジブック広場の写真を見ると癒やされる。写真ってほんといい趣味だなと思う。

 「ナルキッソスへの思い」は、写真とキャプションが素晴らしい。クリックしてみてください。ギリシャ神話のナルキッソスとエコーの物語がベースになっているそうです。

 そこで、待ち時間に「ナルキッソスへの思い」を見たり調べたり考えたり。(あの有名な、水仙になってしまったナルシスの物語)

 この物語には「自分を知る」という
 テーマがあるようです。

 ナルキッソスの母親は子供の行く末を心配して、預言者にたづねると、不思議な返事を聞くことになる。

 「長生きするにはするが、
 ただし、それは自分のことを知らないうちだけだ。
 自分のことを知ったらナルキッソスは死ぬ。」

 意味不明。嘘でしょう。自分を知ることによって死ぬ。
 もしかして病気?

 ナルキッソスって、女性が気絶しそうな美貌の持ち主で、憧れの的だった。しかも、彼はそんなことを十分に承知していながら、他人には無関心。その結果、多くの人々を拒絶し傷つけることになった。そのためなのか、ナルキッソスに不満を抱いた人たちは、「私たちが恋したように、彼が誰かに恋をするようにしてください。そして、彼も失恋して悲しむようにしてください。」と神にお願いをする。

 そして、ナルキッソスは小川のほとりで、大きな出来事に遭遇することになる。

 つづく...
 
posted by トモ兄 at 12:33| 東京 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月04日

久しぶりに、プライム・ビデオで映画を見る

 2月3日、夕食後、「ある天文学者の恋文」(字幕版)を見た。ジャンルはミステリー・ラブストーリー。監督はジュゼッペ・トルナトーレで、あの「ニュー・シネマ・パラダイス」の監督だ。なのでかなりの期待をしてしまったが、もう一つという感は否めなかった。他の人はどうだろうか。
 
 また、『エゴン・シーレ』坂崎乙郎著を読んでいて、同時代の著名な人が出てくる。たとえば、ゴッホ、カフカ、ココシュカ、フロイト、クレー、ロートレック、ドガ、クリムト。
 坂崎乙郎氏は、「死の意識の裡にしか鮮烈に生きること不可能であったゴッホの後継者である」と書いている。

 フィンセント・ファン・ゴッホは、あまりにも有名な画家で、信じられないが画歴は8年と短い。作品は約800点以上描き、生前に売れたのは1点のみだったが、20世紀の美術に大きな影響を及ぼした。

 ゴッホについて、その程度のことは知っているが、「ある天文学者の恋文」を見た翌日、エゴン・シーレを理解するためと思い、ゴッホ:天才の絵筆(字幕版)、ゴッホ 最期の手紙 (吹替版)を見た。このドキュメンタリーとアニメーションは、とても面白かった。
posted by トモ兄 at 02:53| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月02日

招待状が届いた

 今日は6時に起床したが、ボ〜として何をやったか覚えていない。すぐに構成案をつくろうと思っていたが、結局は9時半頃に、いつものように構成案をメールした。

 今日はもう仕事をしないとに決め、兄からのメールに写真を添付し返信。婿さんからは、穴八幡宮社の一陽来復のお守りが届いた。珍しく姉から電話があった。

 ブログを書き始めたのは昼食後で、14時頃アップ。昨日の疲れもあり、お昼寝をすることにした。

 かみさんに起こされたのが16時。注文していた本が届き、ハガキもあった。なんだろうと見ると、「特別文化講演会 若冲だけじゃないぞ!─ いま、『奇想の系譜』を読み直す」の招待券だった。やった、辻惟雄さん(東京大学名誉教授)と、山下裕二さん(明治学院大学教授)の講演を聴ける。すばらしい!

 実は「奇想の系譜」のことは、2018年5月20日[日]『デザイナー・田中一光にとっての琳派』の講演中に、山下裕二さんから、近々展覧会の告知があるとアナウンスがあった。それから昨年の新聞に、秋の叙勲の辻惟雄(のぶお)さんの紹介記事があり、来年2月に東京で「奇想の系譜」が開かれることが書かれてあった。

 だから、「奇想の系譜展江戸絵画ミラクルワールド」(東京都美術館)は楽しみにしていたが、まさか関連イベントで、特別文化講演会(東京国立博物館大講堂)の招待券が当選するとは思ってもいなかったのでビックリした(*_*)

 2月から4月にかけて
「奇想の系譜展江戸絵画ミラクルワールド」(東京都美術館)
新・北斎展 HOKUSAI UPDATED」(森アーツセンターギャラリー)
クリムト展 ウィーンと日本 1900」(東京都美術館)
ウィーン・モダンクリムト、シーレ 世紀末への道
(国立新美術館)がある。

 2019年のプラン(10の目標/3つのマスト)で、1つのマストは展覧会12回鑑賞を目指している。まずは4つの展覧会を見る。

 2月も忙しくなる(^-^)
posted by トモ兄 at 21:08| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2月はこんな感じで始まった

 2月はすぐに立春がある。暦の上では春だそうだが、実は寒さが本番。2月の異名は如月といい、ある説では「衣を更に着る」という意味があるそうだ。みいちゃんでもなくても、春が
早く来いと願う。しかし、この時期は鍋物や熱燗の熱いものが何よりのご馳走で、楽しみがないわけでもない。

 僕の楽しみは、夕方に練習で汗をかき、余寒厳しい夜に飲みニケーションの醍醐味を味わい、心身ともに温まること。

 また、エゴン・シーレを読み始めている。その理由は、なぜ好きなのか、自分自身でも分からないので調べている。そして、グスタフ・クリムトとの関係性も知りたいと思っている。

 エゴン・シーレを結論としては大好きで、その根拠を3つぐらい言え、たとえばとその事例もぽんぽんぽんと言えればいいが、現在はその絵に直感的な魅力を感じる。その程度で、言葉にならない理由だ。この本の帯には、「エロスと救済への憧憬」とあるが何だろう。

 『エゴン・シーレ』二重の自画像 坂崎乙郎著
 第1章 夢見る少年 を読んだ。

 エゴン・シーレの幼少期や家族の話がある。また、彼は詩をつくる才能もあったらしくて、「樅の木」と題した散文詩の中で、「いっさいが生きたまま死んでいる」と物語った。
 
 第1章 夢見る少年 の結び

 画家の仕事とは、ぼくらをとりまく死者たち、僕らという死者たちに生気を吹きこむ作業以外の何物でもない。
 
 あまり早とちりしてもしょうがないが、生(エロス)と死(タナトス)は表裏一体の関係で存在し、画家としての、「エロスと救済への憧憬」だったのか。

 これから、第2章 魂の形成 を読み進める。


 2月1日は仕事12時間、睡眠時間4時間30分で、もしこの日が1月31日だったら、特訓の最終日だったらと想像すると青ざめた。重ならなくてほんとラッキーだったと思った。

1円グラフ.jpg


 2月はこんな感じでスタートした。ファイト!

posted by トモ兄 at 13:57| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする