2019年04月29日

連休3日目 エゴン・シーレに会いに行こう 

 昨日、『エゴン・シーレ―二重の自画像 (平凡社ライブラリー)』坂崎 乙郎著を読了。この本を注文したのは2019年1月2日だったが、先に2冊を読んだ。エゴン・シーレがなかなか進まなかったのは、理解するのが難しかったからだ。ところがどんどんスピードアップし、ここ2日で一気に読んだ。何とか「クリムト、シーレ展」に間に合った。ホットしているが、自分なりの予告編をつくるのはむ難しそうだ。

 いまは、坂崎乙郎氏を通して「シーレやクリムト」を感じている。実際に国立新美術館と東京都美術館で見ると、どんな風に感じがするのだろうか。

 『エゴン・シーレ―二重の自画像 (平凡社ライブラリー)』には付箋と何本も鉛筆で線を引いた。その線を頼りにまとめてみたい。

 1918年、グスタフ・クリムト死去。エゴン・シーレは、同年、妊娠中の妻エディをスペイン風邪により10月28日に亡くし、その3日後の10月31日(28歳)、シーレ自身もこの疫病の犠牲となった。

 彼は息を引き取る前に、妻エディの姉アディーレに呟いた。  
“戦争は終わった、そしてぼくも行かなければならない。僕の油絵は世界のあらゆる美術館にいつか飾るだろう。ぼくのデッサンは君や家族と別けてほしい。十年後には売れるだろう。”
 
 そしてそれから100年後、僕はエゴン・シーレを見られる機会を得る。まさか本物を見られるとは。信じられないほどの幸運を感じる。

 エゴン・シーレは、師クリムトとも離れ、孤立した彼の意識はひとり己を頼りに自意識の砦に立てこもる。ナルシスムは、シーレの本質を解く鍵に違いない。彼が早期に完成したものは、激越なナルシスムのゆえんだ。彼の作品を世の道学者たちが、したり顔で背徳とか糾弾するも、ポルノグラフィーと解釈するも、ナルシスムへの無理解によるものだった。

 ナルシスムは単純に自己愛の場合があるが、エゴン・シーレは、ナルシストとして自己陶酔と自己嫌悪であり、常に作品は揺れ動き、たえず和解を求め、敵対した。ナルシストの中には、愛する者と愛される者、男性的なるものと女性的なるものが共存する。

 たとえば、シーレは男性を女性化して描き出す。(友情、1913年)は男女の姿を2人の女に仮託してあらわした。彼が意図しているものは、性器とか乳房の有無によって通常、男と女に区別される一般概念の消去である。つまり、男女の単なる外形による境界を取り除き、男と女を人間という同一座標の上にすえたのである。男女を「存在」の形態として、性に左右されずに彫刻を刻んだジャコメッティーと並び、シーレは革新的であった。

 そこに「おのれ自身の美に満ち足りる者は、アンドロギュヌス(両性具有)だ」という論理も成り立つだろう。
 それら、2つの自我は肉体を通して結ばれることはない。それらを結び付けるはつねに精神であり、ゆえに対峙は緊迫をはらむ。シーレの作品の異常として感じられる衝撃性はここから放射されている。

 ある美術の講座で、こんな問題意識を知った。

 大雑把だが、世界を理解しようと分類学が始まった頃の話だ。全てのものやことを、分類の意味空間にプロットした。つまり、分けることは分かることを意味する。ところが当時、分からないことがあったらしく、パラドックスという分類の中に放り込んだ。その例がクジラだったらしい。魚類なのか哺乳類なのか分からなかった。都合の悪いものは同時に忘れ去られる。現代の問題意識は、そのパラドックスの中にあるものを掘り起こし再評価することらしい。

 『エゴン・シーレ―二重の自画像 (平凡社ライブラリー)』は、1983年の3月から12月まで「エゴン・シーレの閃光の生涯」という表題で、雑誌『世界』に掲載された。坂崎乙郎氏は、不当に低い評価しか受けていない、エゴン・シーレの再評価を行った。

 僕は、エゴン・シーレに会うために準備を整える。
 
posted by トモ兄 at 17:52| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月28日

連休1日目・2日目

 26日は印刷入稿が終了。疲れてが出て22時頃就寝。

 連休1日目は、5時起床から始まる。こんなことは滅多にないが朝の読書タイム。エゴン・シーレ第6章(ウァリー1)を読み終えてから、昨日の積み残し分、見積もりと請求書を発行、スケジュール表もつくった。それから、舎人公園へ約1時間半の散歩へ出掛けた。途中で請求書を投函。

 さて、10連休はどうしよう。至急、大型10連休スケジュール表をつくり、朝の部・昼の部・夜の部に大別し、絵画展を優先的にプロットする。当初は1日で回ろうかと思っていたが、折角時間があるので2日間に。かみさんからのリクエストもあり、どこかで食事をとることにした。

 また、昨日までは10連休をどうしようと思っていたが、この長い休みしか出来ないことが沢山あり、逆に絞り込む必要が出てきた。昨日と今日ではどうしてこんなに、人が変わったように違うのかに驚く。昨日まで全く余裕がなかった。
 残念なことは全く卓球が出来ないことだが、考えようによっては、だから、他のことが出来る。ものは考えようだ。

 僕はこの連休に仕事らしきことをする。かみさんは仕事だ。
 なので、大型10連休でお休みは2日しか合わない。
 旅行には行けなかったが、絵を見てから六本木と上野界隈を
 散歩したり食事をしようと考えている。

 大型連休の様々なプランを考えると、また疲れてしまった。
 そのためだろうか、就寝は21時。
  
 連休2日目は、3時起床から始まる。
 まずは読書タイム。エゴン・シーレ第6章(ウァリー2)を読み終えてから...

 どうなることやら
posted by トモ兄 at 04:49| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月26日

今日は、楽しい特訓の日

 今日の予定は印刷入稿。終わるとすぐに肩の治療のためにクリニックへ(は行けなかった)。それから、見積もりと請求書を発行する(も出来なかった)。今日は疲れてしまったのか頭がしびれてしまい、明日行くことにした。

 18時59分〜、世界卓球2019を観戦する。
 [男子シングルス準々決勝]
 丹羽孝希×梁靖崑(中国)
 [混合複・決勝]
 吉村真晴 石川佳純×許キン 劉詩ブン(中国)

 もし中国を突破したら、祝杯をあげる。

 世界卓球2019の感想は、特に中国や韓国の若い世代の下克上が始まりつつある。東京オリンピックの1年前の出来事でほん良かった。つまり、この状況をチャンスと捉えることができるか、できないかだ。きっと変化に対応することが醍醐味だ。

 突然思い出したが、(余計な情報)
 そんなに凝視(みつ)めるな より
 
 そんなに永く凝視(みつ)めるな

 われ等は自然の多様と変化のうちにこそ育ち

 あゝ 歓びと意志も亦そこにあると知れ

 伊東静雄

 今日は今までになく厳しいスケジュールになったが、世界卓球2019を観戦できることに幸せを感じる。感謝
ラベル:感謝
posted by トモ兄 at 18:47| 東京 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月23日

桜の木陰で本を読む人、急ぐ人

 昨日、舎人公園を早足で約1時間散歩。プラス30分間、数少ない満開の桜の回りをうろちょろした。

フゲンゾウ3.jpg  ショウゲツ3.jpg

 はじめて見た。桜(フゲンゾウ)の真下に、キャンプ用だと思うが簡易な椅子なのかベッドのようなものに横になって、桜の木陰で本を読んでいる人がいた。とても寛いでいるように見えた。

 晴耕雨読の言葉は聞いたことがある。
 世間の煩わしさを離れて、こころ穏やかに暮らすこと。晴れた日には畑を耕し、雨の日は読書を楽しむ。

 レアケースなのか?
 晴天の日、桜の木陰で読書を楽しむ人。おそらくリタイヤした人で、こころ穏やかに暮らすことができる人。
 とても贅沢だな。昨日は風もなく、ポカポカしていてとても心地よかった。

 ところが僕は、携帯でメールをチェックしながら、時間を見ながら先を急ぐ。しかも、久しぶりに早足で散歩したからなのか、異常と思えるほど疲れてしまった。それから仕事をして、少しお昼寝をした。

 ネットで深夜1時から、世界卓球2019ハンガリー テレビ東京実況解説を2時間限定で観戦した。
 1回戦の森薗/伊藤組は全く問題なかった。また、3回戦進出・16強入りを決める。
 吉村/石川組みは、1回戦は硬かったが、流石にディフェンディングチャンピオン。もちろん、3回戦進出・16強入りを決める。

 これからが楽しみだ。今回の大会で日本選手は、何人が世界チャンピオンになるだろうか。

posted by トモ兄 at 11:25| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4月22日舎人公園にて


フゲンゾウ1.jpg

ショウゲツ


ショウゲツ1.jpg

フゲンゾウ


posted by トモ兄 at 00:01| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月22日

今日は愛犬アルペの命日

 舎人公園を散歩した。青空を見ると思い出したことがあった。アルペが亡くなった日から3日後、清々しい青空に雲1つ。

 そこに、
 2015.04.25 Restart SEASON 5

 爽やかなスッキリしたビジュアルをつくり、ブログにアップした。信じられないが、完全なペットロスの時である。

 今から考えると、恐ろしいほどの真逆のビジュアルをつくった。コノテーションだろうか?

20150422.jpg


 さっそく朝から、かみさんの今日は何の日が始まった。

そう、今日は愛犬アルペの命日だ。

とにかく、信じられないくらい可愛かった。

アルペ1.jpg

アルペ2.jpg


 愛犬アルペが散歩をできなくなった頃、自転車の前のカゴにバスタオルを敷きその上に座らせて、ほぼ毎日いつもの散歩コースへ出掛けた。たまには舎人公園にもつれていった。当時は完全なペットロス状態だったが、今となっては懐かし思い出になった。

 これから、早歩きで舎人公園へ出掛ける。

コノテーションとは
posted by トモ兄 at 11:12| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月21日

食欲は春から始まる

 とにかく食欲がある。娘に少し食べ過ぎじゃないと言われることがある。事実そうなのだ。だから、運動が必須。特に僕の場合は引き籠もりがち。しかも移動といえば、マックの周辺をうろちょろしたり、手ではネズミ(マウス)を毎日短距離間移動させ遊んでいるぐらいだ。眼といえば、生活視力(仕事)の焦点距離はこれまた短距離で、移動距離に乏しい。ほんとだいぶ不味いのだ。

 最近、1階の集合郵便受けの側のゴミ箱が撤収された、その理由はタバコの吸い殻を捨てた人がいたからだ。そんなことで、新聞や郵便物以外の様々なチラシなどを持ち帰ることになった。
 結局、美味しい炒飯店には行きそびれたが、以前から行こうと思ってた中華料理店のチラシに、50%OFFの割引券がホッチキスで貼付。大型連休は、美術館で絵を見る1日だけが決まっている。なので、1日は50%OFFを使おうと思った。ところが、連休明けからの割引券だった。流石というほかない、なかなか賢い。

 卓球仲間は、大型連休に3日間の試合を予定していた。僕の場合は肩が壊れていて試合は難しい。しかし、肩の痛みが引いても難しい。昨日、結局は「今年もファイト!」これが僕の1年の計なのだ。と書いたが、実は、同時にあと1年間は我慢の年でもある。もう随分この我慢は続いているので、あと1年間ぐらいは、どうってことない。

 昨日は、堰を切ったようにネットで、3本映画を見た。
 今日は、ブログを書いて散髪に行った。 
 
 クリニックの先生より、薬と思って、
 週に1回ぐらいは中トロを食べなさいよと言われている。
 まだ昼食もとっていないのに、夕食が楽しみになった。
 
 食欲は春から。よくいうよ、1年中ということでしょ(^_^;)

ラベル:食欲
posted by トモ兄 at 12:27| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月20日

1年の計は誕生日にあり

 誕生日とは私の1年間がスタートする最初の日。だから、1年の計は元旦にありと同様に、「1年の計は誕生日にあり」と考えた。

 さて、その誕生日はどうだったか?その顛末記。

 偶然だが、クライアントの東京でのイベント準備と重なり、レギュラーとイベント告知や広告制作がありとても忙しかった。クライアントの担当者は、当然だが忙しさは僕どころでない。なので、原稿入稿の待ち時間はいつもよりあった。

 その日は0時から2時まで仕事。仮眠を取り5時に起床。メールチェック。原稿は入っていなかった。仕方ない。

 ここから原稿入稿まで超暇な時間が始まる。じゃあということで、最後のディスカッションに投稿した。「分かりあえなくても尊重はできる」のスレッドがあり、「人と人は本当に分かり合えるのか」という難しいテーマ。たとえば、障害者と健常者、同性愛者と異性愛者、男と女は本当に理解しあうことができるのか。というような問いかけだ。投稿者は言語論の講義をベースに「分かりあえなくても尊重はできる」という結論のようだ。その投稿にいくつかのコメントが付き、最後のコメントの「障害は個性である」について僕も投稿した。
 (ディスカッションであるが、レポートのような長文が多かった。驚くことは、講義をベースに実際の経験の中で問題を発見し提起され議論がなされた。だから、ここでしか聞けないこともあり、とても勉強になった。)
 
 それから、別件で広告デザインのオーダーがあり、今度は超忙しくなった。しかしその合間で、「クリムト展 ウィーンと日本 1900」と「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」をオンラインチケットで前売り券を2人分購入。ブログも書いた。また、せっかくの誕生日の食事なので、在住区でもっとも美味しい炒飯の店を検索し探し出した。

 夕方、原稿入稿があり21時頃に印刷入稿が無事終了。信じられほどの開放感。もう時間が遅くなったので炒飯店は諦め、この時間まで待っていてくれたかみさんと、食事をとるためすぐ近くのお店へ出掛けた。お酒はビールと赤ワインを。もう頭が溶けそうだった。

0419スケ.jpg


 その日のスケジュール表を見ると、11時間30分働いていた。道理でと思いながら、お店でゆっくりしていると携帯に連絡が。さっき印刷入稿した紙面に差し替え原稿が入った。仕方ない、事務所に戻り原稿を差し替えPDFをメールした。

 「1年の計は誕生日にあり」そんなもん、あったもんじゃなかった。もうバタバタだった。
 結局は「今年もファイト!」これが僕の1年の計なのだ。

 そして今朝、再度印刷入稿した。

「障害は個性である」
posted by トモ兄 at 13:35| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月19日

4月になると...かみさんは

 37年目の結婚記念日をはさんで、母の命日、かみさんの父の命日、それから僕の誕生日、愛犬アルペの命日。実はまだまだある。かみさんは信じられないほど覚えていて、僕はうっすらと。だから4月になると、かみさんから今日は何の日波状攻撃が始まる。『妻のトリセツ』という本があるらしく、「妻から飛んでくる弾丸を10発から5発に減らす」ことを目的とした本であると噂に聞いた。

 そうなんだよネ、被害は最小限に!

 丁度そのころ、お昼のドラマで付いていない男の物語を見た。そのきっかけは結婚記念日を忘れていたことが原因で、負のスパイラルが回り出した。その結果、離婚。それだけでない。子供たちとの関係も、仕事関係の信頼も全て失った。ほんとは恐ろしい、結婚記念日と物忘れ。

 このドラマは、彼をどなかう立ち直せるのか、そのままなのか?

 僕の場合はセーフで、そして僕の誕生日。

 昨日、テレビを見ていると美味しそうな「チャーハン」のCMがあった。かみさんが突然言い出した。そうだ「チャーハン」へ行こう。なんでやねん。「京都」じゃないの。

 ご馳走してくれるらしい。だったらと思い、ネットで「冗談半分、住区で最も美味しいシャーハン店」を検索した。するとマジ!住区で食べられる炒飯のランキングサイト(1位〜77位)があった。しかも、1位、2位、5位、10位が自宅からすぐの場所に。もしかして、この辺りは炒飯処?
            ・
            ・ 
            ・
 もうとっくに印刷入稿している時間だ。それどころか、まだ原稿が来ていない。なので、こうやってブログを書いている。
 
 日はどんどん落ちてゆく、時計を見た。カレンダーを見た。今日は大安だそうだ。
 どこが?

posted by トモ兄 at 16:10| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月15日

とても珍しい1日に

 おそらく月曜日ものんびりしている。だから、午前中、舎人公園へ。今日は1人で早足の散歩。帰り道で、卓球の仲間に声を掛けられた。誰だろう?その人は、卓球場でプロコーチーに習っている仲間だった。頑張ってと声を掛け別れた。

 現在、僕の肩が壊れていて修理中、球出しはできても、試合のようなハードな練習はできない。肩は治るだろうか?そう言えば、卓球仲間が北区の会長に就任した連絡がLINEであった。当然、お祝いのコメントを付け、北区の大会にもヨロシクとのメッセージもあったので、肩の修理が終わり次第参加できるかも?と付け加えた。

 現状では、下半身の筋肉を落すととても不味いことになるので、舎人公園で早足の散歩をしている。花粉が飛ぶ量も少なくなったので、その内に軽くジョギングしようと思っている。

 今日はのんびりと昼食をとり、各約1時間の散歩とお昼寝付き。おぉ素晴らしい!ところが、目が覚めてメールチェックすると、いきなりトップスピードに。頭がフリーズを起こしそうになった。
 まずはラフ修正をし提出。それからすぐに立て続けに、別件で3本の印刷入稿した。月曜日の印刷入稿は珍しく、しかも3本。今週は早くも終わってしまった。もちろん冗談だけど、これからレギュラーで、水曜日と金曜日の印刷入稿するための準備に入る。

 夕食をとってから、プライム・ビデオの映画で「ゾラの生涯」を見ようと思っている。

 それから、ディスカッションで、障害者や性的マイノリティと健常者は分かり合えるか、という難しい問題提起があり、分かり合えないことが多いようだが、しかし、分かり合えるために言葉があり、希望の光でもある。つまり、パンドラの箱を開けた最後に希望があったように、努力を怠るべきではない。なぜならそれが私たちが持ってしまった「希望」なのだ。端折ったが、そういうことらしい。
 僕なりに、このディスカッションにコメントできればと考えている。

posted by トモ兄 at 19:36| 東京 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月14日

あぁのんびり、映画と桜を見る

 今日は完全オフ。午前中に、プライム・ビデオで映画を。午後から、舎人公園で散歩&桜を愛でた。

 映画は、今年になって「ゴッホ:天才の絵筆」と「ゴッホ 最期の手紙 」を見ている。面白かったので、画家やアーチストというジャンルもありえるなと思い、「画家」や「アーチスト」で検索してみると意外にあった。

 昨日は「赤い風車」...ロートレック。今日は「ナチスの愛したフェルメール」...贋作画家ハン・ファン・メーヘレンの物語を見た。画家には独特な女性との関係がある。つまり、画家にとってのミューズだ。寄り添う感じよりも、考えをしっかり持っている女性の方が多いようだ。

 次ぎに見る映画も決めている。「ゾラの生涯」は、若き日のエミール・ゾラと売れない画家だったポール・セザンヌと屋根裏部屋で同居しながら執筆活動に打ち込んでいた頃の話だそうだ。

 20代の頃、通勤電車の中でゾラの「居酒屋」を読んだ。初めての経験だったが電車の中で涙がでそうになった。家で読む本と通勤電車の中で読んだ方がいい本があることに気付かされた。また、ポール・セザンヌのいくつかの作品は見覚えがある。この2人が売れていない頃、屋根裏部屋で同居していたとははじめて知った。

 ちょうどその頃、警官に追われていた下町の女ナナを救い、彼女を題材にした小説「ナナ」が大好評を得て、ゾラは一流作家へとなっていくそうだ。
 ゾラはある家系をテーマに、何十年にもわたって追っかけ小説を書いたと記憶している。つまり「居酒屋」と「ナナ」は血がつながっていることになる。この映画は明日にでも見たい。

 午後から、かみさんと舎人公園へ散歩&花見に出掛けた。日曜の公園は家族ずれが多く賑わっていた。花はもう最後だろうか、名残の桜。風が少しでていて、潔く花吹雪となって散った。今年最初で最後の花見。花を撮ったり、かみさんを撮ったり。思わぬ名残の桜にこころがすくわれた。

舎人桜1.jpg

舎人桜2.jpg

舎人桜3.jpg


 今日は完全オフ。のんびりとした、いい一日だった。

posted by トモ兄 at 23:53| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月13日

用もないのに5時起床、そう言えば、

 忙しい時、目覚ましを掛けなくても、早起きすることは役に立つ。ところが、用もないのに4、5時に起きても、ほんと困ってしまう。
 今日は5時起床。ボ〜としているが、目覚ましブログを書く必要もない。さて、今日はどうしよう。

 そう言えば、いつものように印刷入稿が修了すると、同業の友達に電話した。この行為は習慣化し、話す内容もマンネリ化している。ところが珍しく違った話題。大型連休はどうしようと話になった。
 そう言えば、全く考えていない。

 ボ〜としながら考えはじめる。
まず、スケジュール表を覗き端っこを見ると、
「クリムト展 ウィーンと日本1900」
「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」があった。

 そう言えば、予定が。とりあえず大型連休の1日の予定が決定。「エゴン・シーレ」の本は真ん中辺りで止まったまま。意味が分からないところがある。展覧会で先にクリムトとエゴン・シーレとココシュカを見てからの方が理解できるかも。

 そして、突然思い出した。
 そう言えば、今日は整形外科クリニックへ行く予定だ。6月に団体戦がある。早く肩を治さないと。
 クリニックへ行くときは感じなかった。不思議だ、帰り道では桜がとても綺麗だった。

 そう言えば、昨年の今頃は都市農業公園で桜を愛でた。

  2018年04月03日
  都市農業公園で桜を愛でる

五色桜.jpg

五色桜.jpg

 五色桜(ごしきさくら)荒川堤に78品種3000本あまりの里桜(さとざくら)が植えられた。それらの花の色は様々で、花が咲いた風景はまるで五色の雲をたなびかせたように見えたことから、とある新聞記者が「五色桜」と表現。それがきっかけで、荒川堤の桜は五色桜と呼ばれるようになった。

2018年04月03日
都市農業公園桜リスト●一重咲_1

都市農業公園桜リスト●一重咲_2

都市農業公園桜リスト●八重咲_1

都市農業公園桜リスト●八重咲_2

都市農業公園桜リスト●八重咲_3

 ちょっとどころが超しつこいが、

 そう言えば、これまた教養としての言語論つながりで、ジョージ・オーウェル『1984年』が手元にあり、大型連休中に読む。受け売りになるが、『1984年』はSF小説。ユートピアの反対でディストピア(その舞台は、いわゆる全体主義の世界)を描いた小説。この小説をきっかけに広く普及した1つの言葉がある。それが「ダブル・スピーク」という言葉だ。この意味は読んでからに。

 大型連休までにあと2週間ある。とにかく前倒しでできるモノは、どんどんやっていこうと思っている。
 
posted by トモ兄 at 14:31| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月12日

いつものように金曜日は、4時起床

 水曜日と金曜日周辺は印刷入稿があり、暇なわけがない。ところが、仕事ばかりしているとストレスが溜まるため適当にガス抜きをする。それが卓球練習だったり、ブログだったりす。
できれば、暇な時間がい一番いいのだが、実際は強引に時間をつくっている。今日は印刷入稿日だがこうやってブログを書いている。

 相変わらずだが、超暇な時間と忙しい時間が波状攻撃でやって来る。その暇な時間に「講座が、なぜ面白かったのか」を3回に別けて書いた。実は思ったよりも書くことが大変で疲れてしまった。しかし、ネタもありもっと書きたかったが、途中で止めてしまった。

 以前、ある仕事の企画で、ネタを探しているとき、あるシンクタンクのサイトで「男子の公園デビュー」という言葉に出合った。簡単にいうと、リタイヤした男子が社縁から地縁のコミュニティへのシフトだ。女子が子育て中に公園デビューを果たすことはよく知られているが、その行為の男性版だ。

 とことが、女子のようには上手くいかないらしく、特に地位の高い人ほど難しい。この「男子版公園デビュー」をコミュニケーションペーパーにまとめた。加えて、独身男性の場合を想定し、地縁のコミュニティへシフトを図るための、行政ならではのサービースも一口情報として載せた。

 ここでまた社会言語学に戻るが、地位や身分の高い人が、身分の低い人たちと連帯感を得ようとする場合、地位や身分が時として邪魔になる場合があるため、一時的にprestige(言語における威信)を低くして調整することで、逆に権威を持とうとする。これが、covert prestige(潜在的な威信←影の威信・裏の威信)という。つまり、時間と場所とサービスが用意されても、何か足りないような感じがしていが、そうか言葉の調子(社会方言)だ。これはほんと難しいだろうな。ただし、社会方言で、その地位は垂直分布し上位になるほど言葉は洗練されるらしいが、ここが重要で人間性にはほとんど関係ない。

 結局書いてしまった。実はまだまだある。社会言語学がなぜ面白かったのかは、実生活に解釈が役に立つことを改めて思った。

 まだ、今日印刷入稿だというのにまだ原稿が来ない。
 『エゴン・シーレ』を読みながら待とう。
 これが僕の日常なのだ。ファイト(^_^)/
posted by トモ兄 at 10:40| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月11日

講座が、なぜ面白かったのか

 『教養としての言語論:言語は私たちをまやかし生きにくくさせる』の講座が、なぜこんなにも面白かったのかを考えた。講義はもちろんだが、ディスカッション(非同期コラボレーション)は見逃せない。また、僕に講義前と講義後にどんな変化が起きたのか。

 最初に現れた現象は、今までにないスタイルで、「白熱の言語学(非同期コラボレーション)」というタイトルでディスカッションに投稿したことだ。

 ディスカッションが魅力的だったことは疑う余地がなく、各スレッドでは、受講者が自由闊達に投稿し、担当講師が全てにコメント。しかも丁寧で論理的で、驚くほどの早さの対応だった。その上、講義に沿ったスレッドでは、様々な視座や視点や視野の投稿で、僕に違った世界を見せてくれた。


 なぜ面白かったのかの理由に 
 非同期のコラボレーションがある


 コラボレーションは、同じ時空(時間と空間と目的を共有)で起きる現象で、同期と捉えることもできる。
 たとえば、クラシックコンサートやジャズセッションでは、心地よいハーモニーやスリリングなアドリブなどが創発。構造的には部分と部分の集合で階層性があり、しかも違った考えでありながらコミュニケーション&コントロールがなされている。コラボレーションの目的は、新たなものや気づきが生みだされる可能性だ。

 ところが、同様のことが非同期のネット環境で行われた。ここで意見交換されたことは興味をかきたてられる。

 まずは、担当講師より言語(学)のこれまで蓄積された様々な概念の紹介があり、それから、かなり踏み込んだ私的な言語(論)としての問題提起がある。このそれぞれのテーマに、受講者が様々な視座・視点・視野で、しかも現実の問題として捉え、ディスカッションの場で議論や意見交換がなされる。いくつかのスレッドでは、ハラハラドキドキすることがあり、僕の日常ではほとんど聞けない話もあった。意外としかいいようがないが、とても刺激的だった。
 
 また、ネット環境は非同期であるが、あまりにもスピーディーな担当講師の対応力(とんでもな体力も含む)と受講者の態度が素晴らしく、実は(非同期コラボレーション)といいながら、感覚的には同期に近かった。そのことも、この講座の魅力を倍増させた。

 最後に、全ての物事を「関係ない」と思わず、自分の文脈に寄せて考え、自分の言葉で「語る」こととまとめてみたい。そして、まだまだ感度が低いが、受信と発信ができる、新たな小さなアンテナが僕の中に立った。つまり、それが講義前と講義後の変化ということになる。


 また、社会言語学の講義後に
 映画の見方にも新しい視点が加わった


 「アメイジング・グレイス」と「ブラッド・ダイヤモンド」の感想で、テーマを奴隷制度廃止とその後(シエラレオネ)としたが、社会言語学の観点では、ピジンとクレオールで捉えることもできそうだ。

 奴隷船では、様々な部族や地域から、あえて多様性をもって移送したらしく、言葉の違いによって、彼らにコミュニケーションの制限を掛け、暴動を防ぐための手立てとした。つまり、支配の方法として言語に着目したことになる。

 ところが、彼らはピジン言語という混成言語を生みだし、コミュニケーションを取り始めた。そしてそれが母語化した第二世代になると、クレオールと呼ばれることになる。

 「アメイジング・グレイス」の映画では、言語に着目しコミュニケーションに制限を掛けた紹介はなかったが、続けて「ブラッド・ダイヤモンド」を偶然見ることになり、その舞台がシエラレオネであることを知ると、ピジン言語とクレオール言語がつながった。

 また、映画の「マイフェアレディ」は、いわゆるシンデレラ・ストーリーだが、この映画をモチーフとして、ピーター・トラッドギルが唱えた社会言語学の概念で、social variation(社会方言)やregional variation(地域方言)の紹介があり、なるほど、社会言語学の解釈方法も参考になると思った。

 social variationでは、prestige(言語における威信)に関して、overt prestige(顕在的な威信)とcovert prestige(潜在的な威信)の話もあった。実社会では、地位や身分の高い人が、身分の低い人たちと連帯感を得ようとする場合、地位や身分が時として邪魔になる場合があるため、一時的にprestige(言語における威信)を低くして調整することで、逆に権威を持とうとする。これが、covert prestige(潜在的な威信←影の威信・裏の威信)という。 
 covert prestigeは言語学的に捉えたが、実社会で似たような行為は様々な形で起こる。

 先に述べたように「マイフェアレディ」の場合は、下町の花売り娘であるイライザが、音声学者であるヒギンズ教授によって、下級階級の社会方言を矯正され「上流階級」の発音に近づいていく。overt prestige(顕在的な威信)とは、このように言語的に「上流階級」を目指す。さてその結果は?

 『教養としての言語論:言語は私たちをまやかし生きにくくさせる』の講座では、様々なことを面白く学んだ。感謝!

posted by トモ兄 at 02:53| 東京 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月08日

偶然に2つの映画を見て

「アメイジング・グレイス」と「ブラッド・ダイヤモンド」は考えさせられる映画だった。ほんとスルーしないで良かった。たまにはこんな映画も見ないと。

 「アメイジング・グレイス」の作詞者はジョン・ニュートン。
 彼は、奴隷船の船長をしていた。彼が22歳のとき(1748年3月)、アフリカからイギリスへ帰る途中、大嵐で沈没の危機的な状況に遭遇し絶望に陥る。そのとき、初めて心の底から神に救いを求め、奇跡というべき数々の現象を目の当たりにし、助かるという体験をした。このことが、これまで神への冒涜を繰り返していた彼を、熱心なクリスチャンへと回心させた。

 彼は船を下りた後、聖職者としての道を歩むことを決心し、イングランド中南東部バッキンガムシャー州にあるオルニー教会の牧師となることができ、彼が54歳の1779年に賛美歌を共同で書き上げ、「オルニー賛美歌集」として発表。この一編の詩にいつしかメロディーが付けられ、イギリスからアメリカへ広まり、「アメイジング・グレイス」と名前を変えたらしい。

 彼が人々に与えた影響は計り知れなかったそうだ。その中の1人に、イギリスにおける奴隷制度廃止運動の指導者である、ウィリアム・ウィルバーフォースがいた。

 「アメイジング・グレイス」という映画は、主人公であるウィリアム・ウィルバーフォースが、奴隷制度廃止に生涯を捧げた物語で、奴隷貿易禁止法案を可決されるまでの、イギリス議会における政治闘争劇などが描かれている。また、その中で、奴隷船の悲惨な状況を、ジョン・ニュートンやシエラレオネから帰還した船長から語られる。アフリカのシエラレオネは16世紀から19世紀前半にかけて、この地域で奴隷狩りが行われ、欧米の拠点となっていたらしい。

 「ブラッド・ダイヤモンド」という映画は、シエラレオネの内戦(1991年 - 2002年)での、紛争の資金調達のために不法に取引される、紛争ダイヤモンドを描いた映画。主な登場人物は、紛争ダイヤモンドのブローカーである主人公のアーチャーと、紛争よって家族が引き裂かれたソロモン。紛争ダイヤモンドの真実を暴こうとする、ジャーナリストのマディーの物語。ソロモンが闇ダイヤの採掘場で大粒のピンク・ダイヤを発見し、そのダイヤモンドで、全く異なる3つの願いの物語が展開する。

 はじめに見た映画は「アメイジング・グレイス」。翌日に見ようとした映画は、かみさんがテレビで見たらしく却下。次ぎに選んだのが、レオナルド・ディカプリオつながりの「ブラッド・ダイヤモンド」だった。

 偶然に見た、2つの映画を結び付けなくてもいいが、イギリスにおける奴隷制度廃止と、その影響の拠点となっていた、アフリカのシエラレオネの、その後の物語と捉えることもできる。

 この映画の見方はいろいろだと思うが、感動したと言ってばかりいられない。イギリスって、紳士淑女の国と教わったような気がするが... 

 変な時間に目が覚めてしまった。なので、ブログを書くことにした。これから少し寝ることにする。
posted by トモ兄 at 03:41| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月07日

今日の映画は、途中の2本立

 昨日は酒を飲んでいないのに、映画の途中でまた寝てしまった。これで2日連続になる。確かに疲れているが、結末を見ないのは不味いので、一昨日の「アメイジング・グレイス」と、昨日の「ブラッド・ダイヤモンド」の記憶が残っている最後辺りから見ようと思っている。

 この2本の映画は「奴隷貿易廃止」と「その後」が考えられるが、そんな歴史的背景に興味を持って、この映画を見た訳ではない。もっとエンターテイメント寄りだったが、折角なので最後までしっかり見ることにする。

 この映画が、今年になって10本目。
 次は、もっと楽しい映画を見たいと思っている。

 アメイジンググレイス
 ヘイリーによるア・カペラ.



ラベル:映画
posted by トモ兄 at 11:46| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月06日

今週は忙しかったなぁ

 今週も何とか無地に終わりそうなので、音楽を聴きながらいいちこを牛乳で割って飲んでいる。家飲みすると、どうしてこんなにすぐに酔っ払うのだろう。不思議だなと思いながらブログを書き始めている。もしかすると最後まで書けないかもしれない。ほんと疲れてしまった。今週は4時頃起床。寝るのも早かったが、季節の変わり目だろうか、眠くてしょうがない。

 まずはお気に入りの音楽から。無節操だけど素晴らしい。

Diana Ross & Lionel Richie Endless Love 1981

Whitney Houston - When You Believe (From The Prince Of Egypt) ft. Mariah Carey

Andrea Bocelli, Sarah Brightman - Time To Say Goodbye (Live)


 今週は50肩の治療で、ヒアルロン酸の関節内注射から始まり、翌日は別のクリニックで、年1回の「血管年齢」と「動脈の詰まり」の検査を行った。
 
 また、講座のディスカッションに投稿した。今までは、確認テストが終了してから、お礼の気持ちを込めてディスカッションに投稿。今回のディスカッションでは意見交換。はじめては作法がよく分からないし、立場の違いもあり、とても難しかった。しかし、「自分の文脈に寄せて考え、語ること」の貴重な体験ができ、まだまだ感度が低いが、僕の中で言語論の新たなアンテナが立った。なので、結果的に仕事も忙しくなり、先週とはまた違った疲れ方をした。

 講座は4本(デジタルサイネージ入門・情報活用・心理学・言語論)続けて受講した。今月からは仕事中心に戻す。ただし、後半から楽しみにしている、「クリムト」と「エゴン・シーレ」展がある。坂崎乙郎著「エゴン・シーレ」二重の自画像はまだ半分ぐらいしか進んでいないが、思った通りに「クリムト」の話もあった。何とかして読了しよう。

 仕事で無事入稿が終わったので、夕食後、ネットで映画「アメイジング・グレイス」を見たが、途中で寝てしまった。目が覚めてから、ブログを書いている。久しぶりにゆったりとした気分に。午前3時、もう寝よう(-_-)zzZ

 今日も仕事を行う予定。

posted by トモ兄 at 01:48| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする