2019年06月06日

気になっていることがあり、考えてみたい

 あまりにも痛ましい殺傷事件が起こると、思い出すことがある。それが秋葉原無差別殺傷事件で、事件直後に9件の同様な模倣犯が発生したそうだ。強烈な事件が起きると、必ずと言っていいほど伝染するように模倣が起こる。この20年ほど同様の事件が起こっている。

 ただし、2019年の川崎殺傷事件は、2008年の秋葉原無差別殺傷事件のように不特定多数を狙ったのではなく、特定多数をターゲットにするケースで、2001年の池田小学校で発生した小学生無差別殺傷事件と同類で、エリート校に入学を願ったが叶わなかったことが敵意になり、その学校に通う子供たちに殺意が向けられたようだ。

 つまり、社会への絶望や孤立感、不条理な復讐心などがある限り、どこかでネガティブなスパイスがくすぶっているように感じる。だからといって、簡単に事件を起こすことはないと思うが、様々な問題が重層的で、しかも人生の多くの時間を独り消費している場合もあり、火種を発見できても簡単には解決できそうにない。また、無意識なのか意図的なのか分からないが、油を注ぐような行為もあるように感じることもある。

 仮に、社会に絶望し死ぬことも選択肢の1つに考えている人がいるとする。当然だが、もう一方の選択肢は何とかして改善させたい。そんな時に川崎殺傷事件が起こった。

 あまりにも痛ましい事件が起きると被害者への深い同情と憤りを覚える。同時に容疑者への分析や強烈な非難のキーワードがメディアやネットで発信され拡散する。

 たとえば、「拡大自殺」や「死ぬなら一人で死ねばいい」は、得体の知れない過激な言葉で、どんどん勝手に増殖し急速に成長し巨大化するように感じる。つまり、過激な言葉には、ある種の余計なきっかけをつくり、心を動かし行動を促すようなこともあるのか。だから、過激な言葉は模倣が起こる1つの原因なのだろうか。
 
 そこで思い浮かんだのが、R・ドーキンス博士が『利己的遺伝子』の中で提案した、自己複製という性質がある「ミーム」という概念だ。

 つづくのか、ここまでなのか分からないが、
 ひとまずここまで...
  

posted by トモ兄 at 17:50| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする