2019年07月01日

今日から後半戦が始まるが、新たな香り

 今日は7月1日(月)。新聞を取りに行くと読売新聞から朝日新聞に変わっていた。新聞は1年の前半を読売新聞、後半を朝日新聞と契約しているので、そんなことでも後半戦が始まったことに気付く。

デスクトップ.jpg


 僕の狭い仕事空間を撮ってみた。その空間に何年ぶりだろうか、ドットール・ヴラニエスのARIA(空気...朝露に濡れた若草の香りとさわやかなシトラスが調和したフレッシュなスパークリングノート)を自家製(香水ボトルのみを購入し、バンブースティックを2本挿入)ディフューザーのようなものにセットした。小さいボトルだが、狭いデスクトップには丁度いい。

 ほんと代わり映えしない、狭いデスクトップ空間だが、
 柑橘系の香りがいい具合に、立ち上がってきた。

posted by トモ兄 at 12:26| 東京 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日から後半戦が始まるが、同じからず

 昨日、卓球仲間は試合があったようだ。また、孫の試合があった人もいた。僕は仕事用アプリケーションソフトの参考書を見ながらスキルアップを図っていた。ところが飽きてしまい、気分転換ということで、以前良くブログを書くためのネタ元に活用していた、加藤徹著『漢文力』を久しぶりに読んだ。

 今日から今年の後半戦が始まる。なので、そんなテーマの、何かネタはないかと拾い読みを始めた。

 たとえば、仕事は1週間のサイクルでスケジュールを組み、繰り返しで1カ月になる。それが半年間(1年間の前半戦)繰り返される。そして、今日からまた、その繰り返しの後半戦が始まる。こう書くと、ワンパターンの繰り返しのようで息苦しくなる。とことが、そうでもなかったりする。つまり、僕のスケジュールは、周期性と一回性がミックスして現れ、自己相似図形(日本の入れ子の構造やロシアのこけし人形マトリョーシカのように、ある形の中に小さな同型が組み入られというパターンが延々と続く形のことで、螺旋は、最も単純な自己相似図形)となる。
 ちょっと強引だが、代悲白頭翁(人生の短さ 白頭を悲しむ翁に代わりて)唐劉希夷のよく知られている漢詩を引用する。

「年々再々、花相似たり」。
去年も今年も来年も、同様の花が咲く。(周期性)
「年々再々、人同じからず」。
よく見ると、花も花見客の顔ぶれも、年ごとに変わる。
(一回性)
 
 時間のサイクルで、1日、1週間、1カ月、6カ月、1年、いろいろなスケールがあるが、どれについても同様なことがいえる。完全な周期性を図示すると円になる。また、完全な一回性を図示すると直線になる。円性と直線性は相矛盾するイメージを1つにまとめると、螺旋になる。つまり、時間はグルグルと回るものの、一回りしたあとは、これまでとは微妙みズレる。だから、時間と行為は螺旋形となり、できるだけポジティブスパイラルであって欲しいと望む。

 そんな意味を含蓄しているのか
 「年々再々、花相似たり」
 「年々再々、人同じからず」
 
 繰り返しているように思えるが
 実は螺旋形で、ワンパターンではないのだ。
 できるだけ、ポジティブスパイラルを目指そう。
 人生は短し だから ファイト!でしょう。
 
posted by トモ兄 at 01:52| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする