2019年09月23日

夏休み終了...のんびりとブログ

 9月14日、僕が勝手に呼んでいる修業が終わり、とにかく体力を回復させるために睡眠(爆睡)。明日から遅い夏休みだ。

 9月15日、爆睡デイ。瞬眠不覚暁(しゅんみんあかつきをおぼえず)→あまりにもの疲れで瞬間的に寝落ちしたものだから、夜が明けたのに気づかず寝過ごしてしまった。面白がってブログにアップした。久しぶりに生ワインを買い、農家にも寄って野菜と小玉のスイカを買った。残念だったが花はなかった。

 9月16日、帰崎デイ。兄の見舞いのために往復航空券を購入した。また、卓球部の同級生に連絡を取る。現在、男子卓球部は廃部。

 9月17日、ピンポンデイ。懐かしい写真が見つかったので載せた。その理由は、長崎の同級生に卓球を続けていることを知らせたかった。長崎からメッセージやラインで連絡があった。K君は週6日の練習と最高に旨いビール付きで、九州でランク入りを狙っているそうだ。素晴らしい!僕はヘボコーチ。

 9月18日、再会デイ。45年ぶりの再会。兄を見舞い、その夕方に卓球部の同級生と再会する予定。N君と僕はトラウマの体験を共有している。今となっては、懐かしく忘れられない思い出となっている。間違いなくその後の、卓球ライフに大きく影響している。

 9月19日、感想文デイ。gacooの「教養としての言語論:言語は私たちをまやかし生きにくくさせる」を受講した担当講師が、著者の山中司先生で、『自分を肯定して生きる プラグマティックな生き方入門』を読んだ。大袈裟だが、これからの人生の参考書になると思った。余計なお節介だが、多くの人に読んで貰いたい。

 9月20日、鑑賞デイ。東京藝術大学大学美術館で「円山応挙から近代京都画壇へ」を見た。公式図録(カタログ)を読みながら感想もアップした。美しい写実画が多かった。

 9月21日、見学デイ。ビッグサイトでクライアントの展示会を見学。その足で友人が住んでいる新富町へ。結婚したとき、新富町にある印刷会社のデザイナーだった。その時の町のイメージとは様変わりしていた。

 9月22日、再度、感想文デイ。『自分を肯定して生きる プラグマティックな生き方入門』の感想文を書いた。実は15、6年前にある大学のホームページで、ガイダンスだと思ったが、社会調査法→「ソフトシステムズ方法論」を2年連続ダウンロードして読んでいた。今もたまに読むことがある。その根底に流れている考え方が似ていると思った。それは、前回の感想文の定義付けで、目的、方法、活動と区別したが、活動することが最も重要。また、再定義付けし問題点を発見し活動に落とし込む。プラグマティックな生き方は、現状を改善するために、役に立つことだけに集中すること。つまり、考えることだけではなく、行動すること。

 9月23日、お通夜デイ。お通夜は21日だった。Kさんとは卓球仲間で約10年ぐらいだろうか。毎週練習が終わってから約6年ぐらい2人で飲んでいた。Kさんは喪主、亡くなれたのはお母様で、お通夜に参列した。

 お清めの席で、意外な訃報を聞いた。

 27歳のとき結婚して、江北の公団に引っ越してきた。落ち着いたのでそろそろ卓球をしたいと考えた。夕方、散歩をしているとき中学校でピンポンの音がした。体育館を覗くと社会人の卓球クラブのようだった。そこで知り合ったのがNさんだった。 
 その頃は、足立区の卓球事情は知らなかった。

 随分たってから、その中学は西(新井)中といって、全中団体戦で2年連続優勝した中学校だと知った。Nさんはその中学校のコーチだった。彼は専大卓球部出身で、当時試合すると全く歯が立たなかった。僕よりも年長者だったが良く飲んだ。また、監督は両沢(旧姓関)さんで、卓球ファンだったら分かると思うが、元世界チャンピオンだった人。今はないが、両沢さんが日清紡の工場内の体育館で、中学生を指導していて、子供たちの練習(試合)相手になったことがある。特に親しいわけではなかったが、その頃に両沢さんと何度か飲んだことがあり、面白い話を聞いた覚えがある。

 先週、そのお二人が逝去された。お通夜の席でその訃報を聞き驚いてしまった。お二人は卓球に人生を捧げられ、選手たちと一緒に戦っていたようにも感じます。強い選手を多く育てられました。本当にお疲れ様でした。故人のことを思い出すことも供養だと思った。 合掌


 夏休みが終了した。
 今日はのんびりジャズを聴きながら、ブログを書いている。
 今週は遅い夏休みだったが、とにかくいろんなことが...。

 来週は、卓球クラブの合宿がある。
posted by トモ兄 at 16:11| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする