2019年11月02日

やっと普通に戻った感を、読みながら思ったこと

 昨日は6時に起床。タイトルデザインを制作。
 午前中は、銀行2行と交渉し、住宅債権管理回収機構に3回連絡し、返済期間を元に戻すことをお願いした。
 午後からは、いつものように何回か修正し印刷入稿した。
 夕方は、月1回のクリニックに行き処方箋を書いてもらい薬を購入。

 やっと落ち着いた。ところが、疲れがでて21時に起床。

 今朝は5時に起床。
 ボ〜っとしながら、やっと普通に戻った感(人生行路)_1、_2を書いた。

 やっと普通に戻るまでに、10年掛かった。ほんと長かった。その時間は、失われた10年だろうか、再生するための10年だろうか。様々な思いが浮かんでくるがそんなことよりも、その答えは、これからにどう活かすに掛かっている。

 実はとても大きな判断をしたように思ったが、単に普通に戻ったことだけだった。こんな経験をすると、如何に普通がありがたいことがよく分かった。

 早く元気を取り戻そう。
 
 
posted by トモ兄 at 18:21| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やっと普通に戻った感(人生行路)_2

 約10年前に、連鎖倒産の憂き目に。その倒産情報を事前に知らされていたが、何も事前に手を打たなく何とかなると思った。その何とかが、全く何とかならなかった。ここに最大の失敗があった。

 つまり売上が0に。しかたないと言いながら、座して死を待つわけにはいかない。遅ればせながら様々な手を打った。その1つが、住宅金融公庫ローンの返済期間延長で、条件変更の再契約を結んだ。現実的ではないが、90歳で完済になる。

 2〜3年前から、借り換えローンを利用しようと思ったが上手くいかなかった。2年間で3回申し込み、なぜ通らないのか理由をしつこく尋ねたが、分からないの一点張りで教えてくれなかった。そして最近、また別の銀行に再度挑戦。結果は同じだったが、住宅ローンの融資担当者に電話での相談だったからなのか、それとも事前審査申請の前だったからなのか。審査に通らない一般的な理由として教えてくれた。しかも、他のローンの提案と、また別の方法も進められた。

 他のローンとは、住宅や年金等を担保にし住宅ローンの利息のみを支払う。最終的にはその物件を処理(銀行は現金化)する。日本ではまだ一般化されていないそうだが、超高齢化に対応する、住宅ローン返済のための1つの方法らしい。考えてみると分かるが、収入が少ない高齢者にとって、存命中は低額の利息のみで住居が確保される。ところが、結局は分譲であっても最終的には手放すことになる。つまり、子供たちに財産を残すことが難しくなる。この契約はメリットとデメリットがあり、高齢者がどう判断するかに掛かっている。

 最後に、返済期間を元の返済期間に戻す方法も進められた。その提案は担当者の考えも想像できるが、実は相談した銀行に何のメリットもない。なぜならば、絶対とは言えないが、この返済期間の条件で十分に返済できるからだ。

 銀行は、僕の将来を年齢も含め取りまく環境をデータ化し判断する。僕は、情緒と希望的観測で訴える。要は審査に通らない理由はここにある。しかし、人生が100年時代に突入すると、おそらく住宅ローンの返済方法も変わらざるを得ないのか。つまり、従来の教育→仕事→引退という常識的なプロットタイプは変化し、そこで、新しいオプションに自己投資できた人とできない人とでは、希望的観測であってもコスト負担をできる能力は現実味を帯びてくる。

 10月の後半は、いくつかの銀行や、住宅債権管理回収機構に何回も連絡し検討した。その結果、理想的な方法ではなかったが、返済期間を元に戻すことにした。すでに住宅債権管理回収機構に何度も電話で打ち合わせし、申請するための書類を郵送して貰っている。これでほぼ解決した。

 住宅債権管理回収機構の担当者に現状の返済期間と元の返済期間の、総返済額を試算して貰った。すると恐ろしいほどの返済差額があった。借り換えローンを利用することが理想的だったが、ひとまずこの条件で十分だと思った。とても難しいと思うが、可能性として繰り上げ返済の方法もある。

 プラグマティズムのキーワードは現状で「役に立つ」ことを選択すること。人生航路上で大きな問題が発生した。理想論や悲観論を語っても無意味で、破産するようなことがあれば元も子もない。できれば理想的な方法で解決したいところだが、現実的には理想からの譲歩だった。結果的には「役に立つ」=「妥協の産物」だったが、それでもメリットがある。

 これまでが異常だった。やっと普通に戻った。
 普通に戻れたことは、『とてもいいことだ』
posted by トモ兄 at 12:55| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やっと普通に戻った感(人生行路)_1

 「教養としての言語論」を受講し、またその担当講師著の「自分を肯定して生きる プラグマティックな生き方入門」を読み、その講座のディスカッションに投稿した。
 その感想文で、ちゃっかりしているというか(←様々な問題を解決するために、変わり身の早さをポジティブに捉える)『プラグマティックな生き方をやらない手はないですね。』と最後にまとめた。

 おそらく間違いないと思うのですが、帰崎もこれから話す住宅ローン問題についても、この先生の教えに、背中を押された感じがします。(もう1人先生と思い込んでいる人がいるのですが、共通していることは、いいきっかけを与え、その後は自分自身で努力し実践すること...ということ)
 
 しかし、人生行路って古い。初めて使う言葉で、なぜか浮かんだ。あとから調べると、句例に波瀾に富む人生行路をたどる。教養がない僕にとって、この波瀾の波が目立って見え、人生行路が船舶などの航路に見えてきた。そうすると、これからの話にちょうどいいメタファーになると思った。

 まずは再度投稿になりますが、前置きです。

 プラグマティズムが興味ない理想論と問題点

 プラグマティズムのキーワードは「役に立つ」こと。ノイラートの船に乗り合わせた人は、海上で故障した船で理想論や悲観論を語っても無意味で、船が沈むようなことがあれば元も子もありません。もし嵐の状況だったら、それこそ呉越同舟です。船が出港してしまうと、つねに見るべきは現実で理想からの譲歩です。ネガティブに捉えると、問題点は現実との「妥協の産物」ということになると思います。
 つまり、プラグマティズムとは、「役に立つ」=「妥協の産物」です。ところが、理想と現実はかけ離れていても、ポジティブに「役に立つ」=「妥協の産物」という改善を繰り返すことで、理想とした状態にたどり着けるのかもしれません。プラグマティズムにとって、理想と現実は乖離する関係だけでなく、延長線上にある不思議な関係です。このことは、頭の中の出来事に留め置かないで実践し体験したいですね。今考えられるもう一つの問題点は、とある問題を解決する場合、これまでに培ってきた経験や考え方と、どうやって折り合いを付けていくかです。
 『教養としての言語論:言語は私たちをまやかし生きにくくさせる言語論』の根底に流れている哲学が、プラグマティズムであることを知りました。感想になってしまいますが、とてもよい学びができたことに感謝いたします。プラグマティックな生き方をやらない手はないですね。

 住宅ローン問題につづく...

posted by トモ兄 at 07:24| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする