2019年11月05日

「バスキア展 MADE IN JAPANⒸ」を見た

バスキア展.jpg

 80年代のアートシーンで、アンディ・ウォーホルやキース・ヘリングの作品は雑誌などで知っていた。ところが、ジャン=ミシェル・バスキアは名前ぐらいで、作品については何となく程度だった。
 だから、「バスキア展 MADE IN JAPANⒸ」は初めてのバスキア体験で、森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)で見ることになる。それだけではなく、「バスキア」(映画・ドラマ)、「バスキア、10代最後のとき」(映画・ドキュメンタリー)も見た。また、「バスキアを見たか。」(雑誌・Pen)、「バスキア ハンドブック」も購入し読んだ。

 11月3日(日)、森アーツセンターギャラリー入口であるミュージアムコーンに13:30到着。入場制限が掛かり当初は80分の待ち時間だったが、結局、入館できるまで2時間も待たされた。バスキアの人気の高さを見る前に知らされる。こんなに待たされたのは、伊東若冲以来の出来事だった。

 館内でバスキアの作品を見たのは約1時間30分程度だったが、20世紀美術最大の巨匠の一人と言われていることを納得できるような、作品は斬新で強烈な印象があった。

バ4.JPG


 僕なりの感想をまとめると、一見無垢な子どもっぽさが見られるが、絵と文字を融合させた世界観は野心的で才能に満ちあふれ、約10年間で燃焼しきった。

 バスキアの言葉が残されている。

 僕はアーティストが描いた絵よりも、
 子どもが描いた絵が好きなんだ。

 父さん、僕はきっと有名になる。


 唐突だが、今年の5月に「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」(国立新美術館)を見た。クリムトとシーレの親子にも似た関係(庇護者)が、アンディ・ウォーホルとジャン=ミシェル・バスキアに重なった。 
 
 また、シーレは28歳、バスキアは27歳で夭折。シーレは第一次大戦へ向かう20世紀初頭で。バスキアはエイズが蔓延した80年代。死を意識せざるをえない時代を生き、しかも、シーレは警察に目を付けられ、バスキアは黒人社会が受けている弾圧に憤った。2人は取り巻く環境の理不尽さと戦い、不安や怒りやまた野心を原動力とし作品を描き上げたのか。

 シーレは当時タブー視されていた性などを表現した作品はポルノグラフィーと評され、バスキアはスキャンダラスでキワモノと思われてきた。
 
 ところが、時代を経て今再評価されているらしい。
 その実態はよく分からないが、僕にとって初めて体験する、バスキア展で、あの長蛇の列を見て驚いてしまった。ジャン=ミッシェル・バスキア展に何を求めているのだろうか。そしてどんな共感を感じるのだろうか。

 おそらく、僕たちは現実の混沌としている世界に住み、理想化や神聖化されたアカデミックな世界に飽きていて、もっとリアル感を欲している。つまり、現実が最先端であり刺激的なのだ。

 僕のお気に入りの、80年代にバスキアが理不尽さと戦いながら表現した作品の前に立ち、沈黙のコミュニケーションが交わされ、不思議な感覚だが開放される。僕が展覧会で体験するとは、そんな経験をすることに他ならない。つまり、見たいだけなら、もっと多くの作品が収録されているカタログやネットで十分なのだと思う。

 やはり、実物は凄いのだ。




posted by トモ兄 at 01:47| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする