2020年06月14日

たぶん睡魔に負ける。ところが..._2

 『グッドライアー 偽りのゲーム』予告編を見て、珍しく睡魔に打ち勝った映画だと書いた。ほんと面白い作品だった。しかし、後味はあまり良くなかった。

 書きたらないので、もう少し書いてみたい。

 この映画は、世間知らずのベティの全財産を騙し取る、ロイという老人詐欺師にとっては単純な欺師のはずだった。ところが違った。実はレイプされた子が、その男を見つけ出し、復讐するための偽りのゲームだった。つまりその子とはベティで、レイプした男は、現在ロイという名を騙っていた。

 彼らは、全財産をある銀行に振り込み高額な利息が付くのを待つばかりだったが、ロイはベティからの提案を受け入れ、ベルリンへ旅することになった。

 ロイとベティは、現在のベルリンへを旅しながら、ヒトラーが最後を迎える時代のベルリンへと時間を遡る。つまり、レイプが起こった実家に戻った。そこには、末っ子のベティと、英語の家庭教師だったロイがいた。
 その日、この物語の原点というべき悍ましい事件を見ることになる。つまり、全ての秘密や嘘が暴かれていくことになるが、過去を変えることはできない。だから、今ベティはその時の復讐を実行することになる。

 最後に、悲しい老いたる詐欺師の姿があった。

 この映画は何が面白かったのだろう。

 これまで面白いと感じた映画は、見終わった後に未来があった。つまり、自分の中で話は継続した。ところがこの映画には、全く未来がない。確かに、騙す騙されるの偽りのゲームのとしてのスリル感はあったが。

 ちょっと強引だが、過去は変えられないが、未来は変えられるとでも言いたいのか。しかし、復讐を達成したことには、残念だが何の感動もない。

 この映画のラストシーンにヒントがあるのか、気になった。

 裕福な家族のパーティーが広い敷地内で行われている。遠くには池なのか小川が見える。そこで遊ぶ孫たちにベティは気付き近寄っていき、悪戯好きな孫たちに声を掛ける。そんなシーンがラストだった。

 考えすぎだろうか、ベティの両親がもっと早く、ロイに対する姉たちのちょっとした悪戯に気付いていたら。すぐにベティの部屋へ通していたら...
 
 つまり、ラストシーンには重要な意味がある。おそらく、悪気のない悪戯であっても、人は一生に残るほどの傷を負うこともある。この物語では、プライドを傷つけられたことが、負のスパイラルを回すエナルギーとなってしまった。 
 だから、気付かないと人生は変わっていく。
 
 言い古されているが、人の痛みを感じることだろうか。

posted by トモ兄 at 13:19| 東京 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする