2020年11月21日

合宿のような生活が終わって、Go To Travel_2

◎2日目は

 早川に沿って塔ノ沢から箱根湯本まで歩き、箱根湯本周辺を散策した。

 まず向かったのは、箱根町立郷土資料館で、箱根温泉が「七湯」であった江戸時代から、現在の「十七湯」となるまでの歴史をたどりながら、湯治場から物見遊山、そして温泉観光地へという温泉の利用形態の多様化や、道路や交通機関の整備をはじめとする、さまざまな近代化の動きを概観した。


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早雲寺は、戦国時代を代表する武将のひとりで北條早雲の遺命により小田原北條家二代の北條氏綱が大永元年(1521)箱根湯本に創建した小田原北條家歴代の菩提所であり、臨済宗大徳寺派の古刹。

 それから、早雲寺へ向かった。残念だったが、新型コロナウイルス感染防止のため寺院特別公開は中止になっていた。


移動手段ロジック2.jpg

 今回の旅行を移動手段ロジックでまとめ検討した、このチャート図に旅行の写真を貼り込んでみた。

 いやいやほんとよく歩いた。2日間合計で山道を24,000歩。楽しかった一つ証拠でもあるが、16日は下半身が歩行をきたすような痛みに。結局両足首、ふくらはぎ、膝の裏側にシップを貼る。やっと昨日、痛みが取れた。ちなみに、昨日は488歩。やっと普段の調子に戻った。

 それから、ちょっと驚いたことがあった。
 ロマンスカーの特急券はネットで購入した。それ以外の、箱根登山電車やバスなど全ての移動手段はスイカ(カード)で賄えた。しかも、お御弁等も購入した。ほんとスイカは便利だと思った。

 
 合宿のような生活が終わって、旅に出た。たまには、こんな贅沢で至福なときを過ごすことも必要だ。若干の疲れは伴ったが、精神的には元気を取り戻した。
ほんと 感謝です

 さて、次はどこへ行こう...

posted by トモ兄 at 14:44| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

合宿のような生活が終わって、Go To Travel_1

 10月1日、東京がGo To トラベルキャンペーンに適応されたその日に、旅行サイトで元湯環翠楼を予約。日程は11月15日(日)・16日(月)夫婦で1泊2日。箱根登山電車「塔ノ沢」駅周辺を楽しむ。

 今年になって初めての美術館見学と旅行で、箱根極楽温泉ツアーと銘打ってプランを考えた。この旅行の最大の目的は、箱根ガラスの美術館見学・フュージング体験と、登録有形文化財・元湯環翠楼に宿泊し「非日常的な体験」を楽しむ。と書くと堅苦しくなるが、要は温泉で骨休めする。また、せっかくなので美術館にも足を延ばそうということ。

 11月第12日(木)は、クライアントの展示会がビッグサイトであり見学。通常は金曜日で終了するが、仕事は土曜日の夕方まで掛かった。夕食後、社会人のためのデータサイエンス演習の最終課題をクリア。翌11月15日(日)、5時に起床し、自宅最寄り駅を6時24分に出発し、Go To Travelを活用した旅が始まった。まずは小田急「新宿」駅へ...

◎1日目は

 箱根ガラスの美術館は、強羅駅から箱根登山バスに乗車し約20分。途中ポーラ美術館があり、ここは3年前に訪ねた。周辺には箱根美術館、星の王子さまミュージアム、箱根ラリック美術館などこのエリアには美術館が集中している。


箱根ガラス_1.JPG 箱根ガラス_2.JPG 箱根ガラス_1_2.JPG

箱根ガラスの森美術館は、緑豊かな箱根仙石原にある日本初のヴェネチアン・グラス専門の美術館で、ガラスの持つ透明感と輝きは、とても美しかった。

 箱根ガラスの美術館は庭園になっていて、様々な施設がコンパクトに配置され、イベントや様々な体験も用意されている。
 施設は、ヴェネチアン・グラス美術館、現代ガラス美術館で展示品を見学。ガラスの体験工房では、フュージング体験工房でオリジナルアクセサリーをつくった。ミュージアムショップではお土産を購入し、カフェ・レストランでは、目の前で馬頭琴の演奏を聴きながら昼食。箱根ガラスの美術館では至福のときを過ごした。


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日本初のフランス式整型庭園で、様々な花が植えられており、花の名所でもある。いまは紅葉と芒の季節だが、まさか10月桜が咲いているとは

 また、当初は箱根ガラスの美術館に4時間の予定だったが、1時間切り上げて強羅公園へ向かった。

 登録有形文化財・元湯環翠楼は、歴史に生きづく宿で、その歴史は江戸時代まで遡る。皇女和宮は江戸幕府第14代将軍・徳川家茂の正室。家茂の死後、和宮は落飾し号を静寛院宮と改めた。32歳という若さであったが、病気療養のためにご登楼され、塔ノ沢の地で薨去。天璋院は、和宮終焉の地となった環翠楼を訪ね、流れる早川を眺めながら、亡き和宮を想い号泣されたと言われている。また、伊藤博文[環翠楼を命名]から夏目漱石や島崎藤村をはじめとする文学者まで、この場所を愛し定宿した。

 環翠楼の建物は、大正8年環翠楼建設から100周年を迎え、国内でも数少ない木造による高層建築であり、国の登録有形文化財にも指定されている。
 館内やお部屋は、何から何までが撮影スポットでお見事としかいいようがなかった。


環翠楼.JPG 環翠楼_2.JPG


お部屋.jpg 夕食.jpg

早川の心地よいせせらぎを聴きながら食事をとった。昔の早川は現在よりも急流で、川音も大きかったため、当時の楼主で塔ノ沢村の戸長でもあった中田暢平が主導し、川に流れ止めの柵(しがらみ)を掛け、水流を和らげる工夫をしたそうだ。

 食事は懐石風料理でお部屋でいただく。お風呂は源泉掛け流しで、大正風呂・露天風呂・内風呂にも入った。また、お部屋は山側と渓流側の両方に面した角部屋で、お庭に出れば、早川に沿う遊歩道(環翠楼の敷地内)があり散策も楽しんだ。山側は開口部は坪庭に面していて、内窓は雪見障子になっている。



 
posted by トモ兄 at 14:31| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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