2008年07月07日

僕なりの予告編_2(追加)

今更ですが、『対決 巨匠たちの日本美術』の作家(巨匠24人)は単独で展覧会を開ける人たちです。だから一堂に会して観られることは、贅沢の極みです。しかしその反面、ある程度の準備をしていかないと強烈な個性に目眩を起こしそうです。いくら無学な僕でも、数時間で国宝10余件、重要文化財約40件を観てしまうと。
そこで、平均的に観るのではなく、観たい作品(12の個性の対決)の順番などの重み付けをしたいと考えています。

また、自宅の本棚に日本美術の参考になるものがあるか、調べてみました。その結果は、
嫌っている訳でないけど、本はたった一冊で、しかも最近購入したもの。
展覧会用チラシは約400枚(約半分が日本美術)。
ちなみに、美術関係の本は、ほとんどが日本美術以外のもの。
日本美術展覧会用チラシで特に多かったのは、横山大観でした。ただし、チラシはあっても実際に美術館へ足を運んだことは、それほど多くありません。
日本美術に関する本は、驚くほど少ないです。繰り返しになりますけど、関心がなかった訳ではありません。



それと、

夏目漱石著『夢十夜』第六夜に運慶のことが書いてあるのを思い出しました。

護国寺の山門で、鎌倉時代の運慶が仁王を刻んでいる。そこに大勢の見物人が集まっている。その中の若い男が、彫刻とは「眉や鼻が木の中に埋まっているのを掘り出す」ことだ、という。明治時代の自分でもできると思い彫ってみたが失敗する。
「明治の木には到底仁王は埋まっていない」と悟る。
そして最後に謎めいた言葉
『運慶が今日迄生きている理由もほぼ解つた。』




明治時代の人たちは、鎌倉時代の運慶の仁王に感心しながら鑑賞した。ところが、明治時代の人は、仁王を掘り出すことはできなかった。つまり、強烈な文明批評がある。その一つに廃仏毀釈があると思います。明治政府は近代化を急ぐあまり、とんでもないことをやってしまった。廃仏毀釈は仏教施設や美術に壊滅的な大打撃を与えた。

そして今年の3月、運慶の作品とみられる「木造大日如来坐像」が、クリスティーズ・ニューヨークの競売にかけられ、1280万ドル(約12億5000万円)で落札。日本美術品としてだけでなく、仏教美術としても過去最高額だったらしい。
落札したのは、日本の百貨店大手の三越であった。国宝級の貴重な文化財の海外流出危機はギリギリで回避された。

平成時代の人にとって、日本美術は、関心までなくなったのか。オークションで評価されると関心を持ちはじめる。
時代錯誤だよね、北斎とか写楽が海外で評価され、日本人に再認識させたのと同じだね。

『対決 巨匠たちの日本美術』展覧会の開催は、なぜ今なのか、
分かるような気がします。無関心になることは問題です。しかも日本人の原点のような感じがするんですけど。

漱石大先生が、
『運慶が今日迄生きている理由もほぼ解つた。』
まるで予言者ですね。

でもそんなことよりも、
僕は単純に絵(美術)が好きなんです。
posted by トモ兄 at 02:29| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハート(トランプ)アフィリエイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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