2008年07月20日

『松林図屏風』の読み書き?_一部修正

『対決 巨匠たちの日本美術』に行ってきました。
最初の感想は、もう一度観たいなと思ったことです。

会場は、東京国立博物館 平成館[上野公園]
展示会場はスペースがちょうど田の字型で、展示構成は、特別展示室 第1室(田の字の左上の口)から時計逆まわりで第2室・第3室・第4室へと続きます。その順で鑑賞すると、平安(1100年)→鎌倉→南北朝→室町→安土桃山→江戸→明治→大正→昭和(1900年)で時間を辿り、日本美術史を概観できる仕組みになっています。

僕の最大の目的は、長谷川等伯筆(国宝)『松林図屏風』を鑑賞することです。そして、言葉にできない世界を、自分なりの言葉で感想を述べることです。
つまり、『松林図屏風』の読み書き(アート・リテラシー)です。

対決 巨匠たちの日本美術ヴァーチャル美術館
の素晴らしいサイトが公開されています。永徳vs等伯の頁で、『松林図屏風』が観られます。


◎等伯の心象風景である『松林図屏風』は、
 故人と会話を交わす場所

僕が『松林図屏風』の中に観たものは、誰かがいることでした。しかも、仙人ではなく親しかった人のようです。直感としか言いようがないのですが、そんな気配と予感がしました。

『松林図屏風』は安土桃山時代の作品で、その時代の権力者の要望に応えた、豪華絢爛で人も屈服させるような力強さを表現する作品群の中にあって、他とは全く違う世界観があります。作品は、墨の濃淡だけで描かれた幽玄な世界の心象風景です。

屏風から少し距離を置きしばらくすると、松林が浮かび上がってきます。松と松との繊細なホワイトスペースでは、湿潤な朝の空気がゆっくりと動きだし、静謐な世界でありながら、時間と空間は無限な拡がりをみせます。鑑賞者は時空を超越し等伯の視線に取り込まれ、心地よい世界に迷い込みます。

眼を凝らしたり耳を澄ますと、かすかな風の音や時には鳥の声が。それから、ふと人の気配を感じたりします。なぜだか分からないのですが、この屏風を目の当たりにした人だけに許された、不思議な働きかけではないかと思います。

長谷川派は、狩野永徳の急死により急展開をみせます。太閤秀吉の長子鶴松が三歳にしてこの世を去り、菩提を弔う祥雲寺障壁画群の仕事が舞い込み、一派の総力を結集し制作します。この頃、長谷川派は絶頂期を迎え、等伯は地位も名誉も手に入れますが、次々と人の死に直面します。交友があったとされる千利休の自刃。後継者である長男久蔵の死。
『松林図屏風』は、そんな深い悲しみの中で描かれました。

『松林図屏風』の描かれた目的は、謎であると言われています。僕が幽玄な世界の心象風景の中に人の気配を観たのは、等伯の視線に取り込まれたと時、等伯が大切な人を想い、また会話をしているように感じたからです。鑑賞した後から資料を読んで、新たなイメージが浮かびました。それは、時の権力者のために描いたのではなく、自分自身と大切な人のために描いたことです。だから、等伯の心象風景であり、深い悲しみによって、奇跡的な仕上がりの作品になったのだということです。

そして、等伯が描いた『松林図屏風』は、大切な人たちの菩提を弔うための墓地であると解釈します。等伯は屏風を前にし秘密の位置で、故人とコミュニケーションを交わしていたのではないでしょうか。
もしも、鑑賞者が松林図に誰かを観たのならば、
その人にとって、とても懐かしい人なのかもしれません。

※『対決 巨匠たちの日本美術』の会期は、
 20085年7月8日(火)-8月17日(日)ですが、
 国宝『松林図屏風』の展示期間は、7月27日(日)までです。
 お早めにどうぞ。
posted by トモ兄 at 00:33| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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