2008年08月28日

「対決 巨匠たちの日本美術」に思うこと_2

待ちに待った展覧会だったので、より楽しむために予告編からスタートし、ネット上ではすでに鑑賞が始まった。予告編の内容は思いつくままに。最大のポイントは、なぜ日本美術の巨匠たちを対決させる必要があったのかだった。
また、お目当ては日本美術史上最高傑作の一つといわれている、長谷川等伯『松林図屏風』を鑑賞すること。
感想は、読み書き?としてまとめることにした。

◎なぜ日本美術の巨匠たちを対決させたか。

目的は、同時代で、また時代を隔てた私淑関係であっても
ライバル関係と捉えることができ、対決することによって、お互いが切磋琢磨し、新しい様式や優れて作品が生まれた。
つまり、日本美術はライバル関係で発展してきた、という高尚なテーマ。このテーマに沿いながら、日本美術の関心や理解を促進させるためのきっかけづくりが、「対決 巨匠たちの日本美術」展覧会の目的かなと思う。
しかし、それぞれの巨匠は単独でも展覧会を開ける人たちだから、ライバル関係として、1点〜数点に絞り込み、対決させ展示する方法は、野心的であるがあまりにも難しいのでないか。また、本当にライバル関係であったのか。便宜上であったのではないか。
だが一方では、一カ所の美術館で、巨匠24人の作品(国宝10余件、重要文化財約40件)を通して、日本美術史を概観できた。矛盾するが、僕は展覧会を十分に楽しめたし、今までにない魅力的で大規模な展覧会だったことは間違いないと思う。
繰り返しになるが、「対決 巨匠たちの日本美術」の目的は、日本美術のファンづくりだった。

僕なりの予告編では、なぜ巨匠を対決させたのか。
僕なりの予告編_2(追加)では、日本美術に関心はあるのか。
僕なりの予告編_3 後味と先味では、これからの展覧会のあり方は。

予告編は魅力を引きだそうというよりも、疑問点が多かった。
本編(展覧会)は、内容的にも展示方法も素晴らしかった。
作品鑑賞は、永徳vs等伯がお目当てで、大好きな宗達vs光琳を多少抑えぎみにしようと思っていたが、やはり無理だった。だから2回上野に足を運んだ。予告編の最大の疑問で、なぜ対決させたかは、高尚なテーマとして理解できたが、あえていうならば、対決というインパクトのある言葉は必要でなかったかも。日本美術を代表する仏師、絵師、陶芸に、こちら側で積極的にライバル関係として意味づけしなくても、魅力や個性は際立っている。美術では、スポーツでのライバル選手のように、対決をドキドキしながら見ることは少ないと思う。
なぜ、そこまでして強調しようとしたのか。
僕なりの予告編_2で書いたように、日本人は日本美術に対して、そこまで無関心になってしまったのかと考えた。
また、日本美術は日本人にとっても難しいイメージがある。もっと興味が湧くような紹介があっていい。予告編_3で紹介した、山口晃さんによる巨匠24人の肖像画制作は、今までになかった切り口で面白かった。自分の中の光琳像と肖像画のイメージが、なかなか一致しなかったことは、逆にとても面白かった。展覧会会場でも、似たような話しが聞こえてきたが、それはそれとして、会話は弾み十分に楽しんでいるようだった。

それから僕は、長谷川等伯『松林図屏風』と対面した。
これが、国宝の中の国宝といわれる水墨画なんだ。


◎お目当ての「松林図屏風」は、謎が多い分自由に解釈した。

ブログにアクセスする検索ワードを調べてみると、
やはり「松林図屏風」もあった。

僕が書いた感想(『松林図屏風』の読み書き?_一部修正)を読んだ人は、どんなことを思っただろうか。
ある人が、何かを読んでまとめているのでしょ、といった。
もちろん資料は読むが、作品と対面を果たしてから読んだ。

僕は「松林図屏風」を墓地であると解釈した。
長谷川等伯が、故人とコミュニケーションを交わすために、
自分自身と大切な人のために描いた。と感想を書いた。
まさか、こんなことになるとは思わなかった。

いま展覧会で購入したカタログを見ている。
やっぱり、実物とは違うな…

posted by トモ兄 at 21:44| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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