2009年03月07日

そんなに凝視(みつ)めるな 伊東静雄

 突然で変だと思いますが、思い出したので投稿します。
最も尊敬する、わが郷土の詩人で
伊東静雄氏の そんなに凝視(みつ)めるな をご紹介します。

 どんな解釈をすればよいか?
「集中力」と「分散力」はよい観点になるかもしれません。
そんな理由で思い立ちました。
この詩は、とても美しいです。


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そんなに凝視(みつ)めるな

そんなに凝視(みつ)めるな わかい友
自然が与える暗示は
いかにそれが光耀にみちてゐようとも
凝視(みつ)めるふかい瞳にはつひに悲しみだ
鳥の飛翔の跡を天空(そら)にさがすな 
夕陽と朝陽のなかに立ちどまるな
手にふるる野花はそれを摘み
花とみづからをささへつつ歩みを運べ
問ひはそのままに答えであり
耐える痛みもすでにひとつの睡眠(ねむり)だ
風がつたへる白い稜石(かどいし)の反射を わかい友
そんなに永く凝視(みつ)めるな
われ等は自然の多様と変化のうちにこそ育ち
あゝ 歓びと意志も亦そこにあると知れ
 

そんなに凝視めるな 伊東静雄
詩集『夏花』の巻末におかれる

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実は僕もよく分かっていないのですが、

わかい友よ、考えすぎるな
私たちは、自然の一部でありその変化の中で育まれ
人生の喜びと想いも、そこにあると知れ

最後の三行がもっとも好きです。

posted by トモ兄 at 11:58| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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