2009年04月02日

その時は、どうなることやら_2

 もちろん、娘が巣立つときのことです。

 堅い話になりますが、ヘルマンヘッセの小説で、
不思議ですが、仏教の輪廻をテーマにしたものがあります。

 子供が親元を巣立つとき、寂しさを感じるといいます。
「親の心 子知らず」です。

 悩み続けているときに、ふとしたきっかけで 川面に映っている自分の姿に、自分自身の親の姿を発見します。 そこにいるのは、懐かしい顔だなと感じたのかもしれません。

いま風にいうと、
たとえば、髭の剃り残しを鏡で見ていたら、
一瞬視点がづれて、鏡の向こう側にオヤジの顔を発見。
たとえば、ウインドウショッピングしているとき
ガラスに映った癖をみて、母親そっくりだなと思った。

その瞬間、いま自分が感じている寂しさは、 過去において、自分自身の両親に感じさせたことなのです。そのことに気づきます。

 主人公は短い輪廻を知り、解脱することになります。

 要は、人が何代か先で、また人に生まれ変わる大きなサイクルではなく、もっと短いサイクルのものがあり、日常的に繰り返されていること。その時になって気づき初めて分かること。
 だから許せ、そして、癒されます。


 ヘッセは、僧侶になって修行を積まなくても
日常生活の中で、宗教的な体験ができるといいます。


 そんな小説を二十歳の頃に読みました。
多少は理解しているつもりでも、
さて「その時は、どうなることやら」です。




posted by トモ兄 at 23:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック