2009年10月05日

キーワードは50歳、25歳、ゼネレーションギャップ


 Yahoo!で「50歳のブログ」を検索すると、
「50歳の6割 25歳当時の自分は今の25歳より勝る - Ameba ...」があった。面白そうなので内容を読むと、カシオ計算機株式会社が、G-SHOCK25周年を記念したアンケート調査だった。
それから、下記へアクセスした。

 「G-SHOCK発売25周年記念調査
〜25歳、50歳にみる仕事とプライベートに対する感覚・意識比較〜」(2008年4月1日)
http://www.casio.co.jp/release/2008/pdf/25th_anniversary_gshock_ques.pdf#search='仕事とプライベートに対する感覚・意識の変化'

 25歳は現在の25歳で、50歳は25年前の25歳当時を振り返り回答する。
 つまり、この調査はGeneraiton (SHOCK)Gapが分かる。

 Q9.アンケートで、25歳に会社の業務において「一人前」になるまでに何年必要かという質問
◎25歳自身は3年(30.6%で最多)
◎50歳の25歳の頃は5年(32.4%で最多)
◎50歳から見た今の25歳は10〜14年(32.6%で最多)

 一人前になるまでの年月の意識は、今が3年、昔が5年と変化。この調査結果で、現在の25歳と現在の50歳の人を部下と上司の関係に捉えると面白いかも。おそらく、25歳の3年はある種の強制であり希望的観測でもある。50歳から見た今の25歳の10〜14年は本音であると思う。ところが、社会における大量の情報量や、会社における業務の多様化や複雑化があっても、部下と上司の関係で言えば、能力の促成栽培である短期間での「一人前」はお互いにもメリットがあると考えられたが。
 ところが勤続年数の質問で、
◎25歳自身は1〜3年(28.9%で最多)
◎50歳の25歳の頃は定年まで辞めない(35.9%で最多)
 ちなみに1〜3年は(9.4%)

 ◎25歳自身と◎50歳の25歳の勤続年数で比べてみると現在の25歳は3年以内に辞めるが4割。25年前と比較すると4倍にっている。こんな厳しい時代なのに信じられます。
その理由は、価値観やライフスタイルの多様化が進み、転職が当たり前になったからなのか。
 今更ですが、「一人前」の促成栽培はデメリットも多いことが分かります。「一人前」育成が10〜14年。実際には3年の猶予。おそらく25歳は会社の要求に対応でなく反応していくしかない。仕事のやりがいも25年前に比べて「とても感じている」が1/3に激減。分かるような気がする。

 
 Q9. アンケートで、25歳に会社の業務において「一人前」になるまでに何年必要かという質問
僕は50歳代でこの質問に回答すると
◎50歳の25歳の頃は10年以上

 僕の職業はグラフィックデザイナーであるが、スタートは遅かった。専門教育を受けていなかったので、会社をちょうど1年で退社し学校に通い始めた。◎50歳の25歳の頃は定年まで辞めないということが、まだ時代の風潮そのものだったし両親からもきつく言われていた。また、それだけでなく、1年で退社してしまったことは、結果的にいろんな人の期待を裏切ってしまった。

  25歳の頃は、まだマックもない頃で手作業が主流。なおかつ仕事が細分割されていた。
 僕はちょうどその頃、フィニッシュマンからデザイナーに変わりつつある頃だった。「一人前」は何年でという質問であるが、正確には分からない。なぜならば、フィニッシュマンの感覚からデザイナーの感覚になかなか転換できなかった。フィニッシュマンはデザインラフという設計図を元にして版下を制作するが、デザイナーは感覚的な設計図をつくる。その作業は初めてであり、フィニッシュマンからデザイナーへの感覚的シフトにかなり時間がかかってしまった。単にそれができるかできないがとても恐ろしかった。もしできなかったらThe Endだ。また、仮にそのシフトがうまく進んでも、「一人前」とは何の関係もない最低限の素養でしかない。だから、全く分からなかった。

 23〜4歳の頃、同郷の先輩カメマンに、ある個人事務所であるデザインスタジオを紹介され、強引にいれてもらった。そこで初めてデザインの勉強をさせてもらうことになった。もちろん授業料は払わない。給料をもらってだ。朝は筆と水洗の容器を洗うことから始まり、トイレ掃除、お茶だしして合間に仕事の手伝いをする。もちろん届けたり受け取りに行ったり。まるでお手伝いさんのようだった。

 ちょうどその頃スタジオでは、明治製菓ザバスのパンフレットを制作していた。その仕事は立ち上げの頃で、松永真氏がロゴとパッケージを制作していて、僕は出来上がったばかりのロゴマークを新宿初台の事務所へ受取に行ったりしていた。そこで見た女性月刊誌の指定原稿の美しさ(もちろんデザインセンス)と厳しさには、カルチャーショックを受けてしまった。また、「一人前」が遠のいていった。その頃、全く卓球はやってなかった。仕事が終わると酒を飲むか、ひたすら爆睡の日々だった。

 50歳と25歳のゼネレーションギャッはある。
僕の25歳の頃は、感覚的に「一人前」という言葉はないに等しかった。僕の想いは極論かもしれないが、3年で「一人前」になれるような仕事には、やりがいを見いだせないかもしれない。
posted by トモ兄 at 15:06| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック