2010年03月19日

今週は虚脱感。とりとめのない日記_2


 娘の結婚式が済んだ。想像はしていたが完全に力が抜けてしまった。なぜだか分からないが、深夜に独り遊びを初める。それは、仕事やブログのための下調べでもない。虚無感が多少あったが、ネットで探索をはじめた。

 きっかけは、詩人の個性や作品にも風土が深く関わる、ということを思い出したためだった。そんな思いが、伊東静雄の故郷である長崎県諫早市へとつながった。
 あまりにも唐突だが、「The End は、新たなスタートでもある。」で、伊東静雄の「そんなに凝視(みつ)めるな」を引用したことや、久しぶりに兄と会話したこともあるだろうと考えている。驚くことは、中学生時代の頃の古い記憶までが蘇った。
 うろ覚えだが、江戸時代に本明川が大洪水を何度も起こした。諫早は疲弊し経営が成り立たなくなり、お隣の佐賀藩に救援を求めることになった。現代風にいえば、佐賀藩に合併吸収された。その時の経験が、諫早人の忍耐強いとか消極的、閉鎖的な性格をつくったという説がある。そして、伊東静雄の性格にも深く影を落としている。ということを読んだ記憶があった。

 私の手元に、伊東静雄本は2冊。
杉本秀太郎編『伊東静雄詩集』
吉増剛造著『詩をポケットに』愛する詩人たちへの旅
で、さらっと読むんでみたが、諫早と佐賀藩の関係は見あたらなかった。他のもので読んだのかもしれない。

 まとめるつもりはないが、探索をはじめた。
まず私の記憶で、本明川の上流である富川渓谷を思い出した。この渓谷には、大洪水で亡くなった人を供養し、富川の龍神を鎮めるために、503体の五百羅漢像が山肌に彫られている。
 私は兄に連れられ、富川渓谷でキャンプした覚えがある。

 ネットとで調べてみた。
(下記のサイトを参考にさせていただきます)

MAPPLE 観光ガイド 富川渓谷
http://www.mapple.net/spots/G04201069001.htm
ちいさな街のちいさな出来事 富川渓谷・五百羅漢
http://roko-papa.seesaa.net/article/50715842.html
よかおとこの酔っぱらブログ 富川渓谷
http://plaza.rakuten.co.jp/yokaotoko/diary/200809240000/

 山肌の印象が、いまだに残っている。

 こんなサイトもあった。
災害伝承情報データベース(総務省消防庁) 本明川大洪水
http://www.saigaidensho.soumu.go.jp/saigai/import.2006-12-27.190255-3/

諫早の歴史 伊佐早氏の謎
http://rekisi.b1388.jp/archives/200708.html

諫早を考える 
鍋島と竜造寺と諫早
佐賀藩圧政の虚構と諫早の実像 吉田 幸男
http://www.fsinet.or.jp/~yukio/ishis/ishindex.htm
このサイトは、時間をつくりじっくり読んでみようと思います。
(前述した、諫早と佐賀藩の関係は違うようです。)

そして、やっぱり最後は、
新しき古典 伊東静雄の詩の世界です。
http://www11.ocn.ne.jp/~kamimura/
に行き着く。(といっても久しぶりにアクセス)

今週は、ちょっとオーバーだけど虚脱感と思考停止。
内容はとりとめもないし、何を言いたいのかさっぱり分からん。
ただ、ネットは情報の宝庫だ。改めて感じました。感謝。

ということで、今日はお休みなさいm(__)m

posted by トモ兄 at 01:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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