2010年11月11日

時代の潮目かな?


 11月のテーマは、紅葉狩り。暦の上で冬は立冬(7日)から始まる。気候的には晩秋といったところだろうか。これから山々は華やぎ装う。行く秋を惜しみ感傷的な気分にもなったりする。山門にはところどころに紅く灯がともる。あぁ、きれいだな。この景色は、眼福の一時でもある。

 古寺に灯のともりたる紅葉哉 子規


 しかし、今は景色を眺める余裕はなさそうだ。
 時代の大きな流れの潮目かもしれない。


 政治は政権交代が起こり、すぐに安定は望めないと分かっていても、この混迷は腑に落ちない。しかもここぞとばかりに、外国から試されているようだ。また、国家情報の危機管理の甘さも露呈した。
 経済はバブルが弾け失われて10年。それから我慢の10年。人々は計20年間の節約を強いられたが、時代はその反動からか「プチ贅沢」の兆し。いよいよか?やっとか?個人消費という灯がともった?
 政治・経済に疎い私もさすがに気になった。
 
 できれば、マッチ売り少女の
 一瞬の夢の消費でないことを切望したい。

 一方、個人的にも時の流れの変わり目を感じる。とにかくいろんなころが起こる。覚悟を決め、積極的に踏み出すべきなのか、それとも無関心を装いスルーすべきか。ここは思案のしどころだ。


 潮目とは境目のことをいう。つまり、違ったものがぶつかり合うことで潮目ができ常に変化もするらしい。また、なぜかここにはチャンスが生まれる。
 例えば魚釣りでは、海水の流れの差や塩分濃度との違い、また海水の温度差でも潮目ができる。三陸沖は親潮と黒潮がぶつかり合う、世界三大漁場の1つとして知られている。

 不思議なことは、なぜそこにチャンスがあるかだ。
その場では、違った流れがぶつかり合い激しくなっているが停留が起こる。そこに小魚やプランクトンが寄せられ、それに小魚、大型魚も吸い寄せられる。また、激しい水流は水中の酸素も増し魚たちには好環境になる。つまり、釣り人はその潮目を狙うのだ。


 潮目は確かに目印でもあるが、何が起こっているのかも考えてみたい。もう一つ重要なことはその流れのベクトルで、エネルギーと方向性だ。そして、潮目を逃すなということになる。

 潮目を発見することは簡単でないし、
 それ以上に、目標をもって実行するこは難しい。
 50歳にして何ができるだろうか。

 残された資源は、やる気と未来の時間のみ。

 その結果として、

 ともると しょうがないよと 消える灯と

 となる。そう思った。
ラベル:紅葉狩り 潮目
posted by トモ兄 at 10:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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