2010年12月16日

不思議だなと思うこと


 不思議だなと思う前に、不思議という観点で見ると不思議だなは、そのことやものに関係する言葉に変換され、意味だけでなく解釈までができる可能性がある。

 今週の月曜日は午前中に銀座で打ち合わせがあった。それから、銀座三丁目の青木画廊に行き、小石サダヲさんの作品を見た。

 「回帰の旅」というタイトルの絵があった。

回帰の旅*.jpg
回帰の旅

 ここでの不思議は、幻想的という言葉に変換されることになる。幻想的とは、現実でなくまぼろしの世界。だから、目の前にある絵はまぼろしの世界への入口となる。幻想的な絵だなと思った瞬間、「回帰の旅」が始まるのだ。

 回帰とは、一回りしてもとの場所に戻ることらしい。
 たとえば、ある点を生のスタートとし、その瞬間その点を死としてのゴールとする。人生を全うすることは、一度限りの大きな一周で、誰もその世界から逃れられない。この絵を見ると、いまどの辺りを泳いでいるのだろうか。ずいぶんと先を急いでいるようだ。もしかすると、人生をもう一周したいという願いがあるのか。それとも…
 人はできない相談を幻想として、心の中で緻密に思い描くらしい。

 「コヒーレントな音」というタイトルの絵があった。

コヒーレントな音*.jpg
コヒーレントな音

 化石の海岸に差しかかったようだ。「回帰の旅」に比べると、位相性に乏しくなっている。音も多様から集約した単一に変わりつつある。つまり拡散から収束へ向かっている。
 この絵に音を反射させてみる。多様な音源であっても単一の音しか戻ってこないように思える。実はこの絵には、静かなもの凄いエネルギーが満ちている。コヒーレントな光はレーザー光線に変わる。「コヒーレントな音」は神々しいほどの沈黙の反射を繰り返す。この沈黙は、おそらく私たちに暗示を与えてくれるのか。


 幻想的が、再度不思議だなという言葉に変換された。
どこかでこの絵とつながった。不思議だな。


銀座の画廊で、小石サダヲを体験できます。


青木画廊
http://www.aokigallery.jp/

小石サダヲ公式サイト
http://www.koishisadao.com/

個人的に応援しているブログサイト
夢の通り道
http://50blog.seesaa.net/article/128229974.html
小石サダヲ展
http://50blog.seesaa.net/article/126383893.html
海底の記憶をもつ人、青いオーラを放つ人
http://50blog.seesaa.net/article/114962562.html

posted by トモ兄 at 18:17| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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