2011年08月12日

夏休み日記_3日目


エイヴリー・ギルバート著『匂いの人類学』鼻は知っている

 第3章 鼻がきく人たち 無嗅覚症から超嗅力まで
この章は、鼻がきくってどういうこと

 嗅覚を様々な観点で捉え、鼻がきくと言うことはどういうことかを説明している。まず、嗅覚の感度の話しから始まる。

 嗅力(嗅覚の感度)を評価するためには、二つのタイプの嗅覚検査がある。ひとつは、嗅いだ匂いの名前を言えるか調べる識別検査。もうひとつは、徐々に濃度を下げた匂いをどこまで感知できるか調べる閾値検出検査。

 その結果、鼻がきく人が分かる。とはいかない。なぜならば、検査の目的は嗅覚障害者の特定にある。嗅覚検査には妙な特徴がある。最高にうまくやっても評価は標準だそうだ。
 また、最も重度の高い嗅覚障害者は、まったく匂いを嗅ぐことができない。この完全に嗅覚を失った状態を専門用語で無嗅覚症という。やや軽い症状が嗅覚鈍麻という。その症状の原因は感染症が多い。重度の感冒、インフルエンザ、副鼻腔炎によって鼻腔内の組織が炎症を起こし、知覚神経細胞が死滅する。

 では、鼻がきくとは。

 ちょっと結論を急ぐ。鼻がきく人たちの話しを聞くと分かりやすい。たとえば、調香師の場合、感じた匂いについて慎重に判断を下す訓練を積むことで脳機能が変化し、より鼻がきくようになる。そして、香りのプロとして優れた能力は、特定の香料の香りを頭に浮かべる識別能力と、その成分をブレンドするとどんな香りになるか想像する能力らしい。とても意外だが、鼻がきくようにするには、特定の知的技能と思考プロセスを必要とする。
 つまり、匂いの知覚は頭のなかの出来事で、脳力が最も影響する。

 この第3章で、そろそろ読書は三日坊主になりかけた。それを救ってくれた面白い話しがあり、その話しでまとめてみたい。

 一般的に嗅覚能力は、加齢に伴い衰える。但し、調香師に定年があるフレグランス・ハウスはひとつもない。必ず嗅覚が衰えるとは限らない。むしろ調香師の場合は年とともに鼻がよくなる。とても特殊であると思うが、ここでも特定の知的技能と思考プロセスを積んだ経験が生かされるようだ。

 もうひとつ面白い話しがあった。
それは、ジークムント・フロイトの嗅覚についての考えだった。彼の考えでは、人類の祖先が直立二足歩行するようになり、鼻が大地から遠ざかった時点で、嗅覚は退化した。そうだ。また、心理学のあらゆる面にセクシャルな見地を見出したフロイトが、セックスと嗅覚とがほぼ無関係だと考えたことだ。なぜ、フロイトは精神分析学的推測を下したのか。

 著者である、エイヴリー・ギルバートは病歴から考えた。フロイトは嗅覚鈍麻を発症していたのではないか。コカイン摂取による度重なる発作、鼻の手術、インフルエンザ、副鼻腔炎、葉巻、そして加齢が嗅覚を損なった。フロイトの知的無関心は感覚遮断---成人期に徐々に発症した嗅覚鈍麻の結果だった。子どものときには活発だった嗅覚が大人にとっては意味のないというばかげた考えは、不運な自分の経験を過剰に一般化しただけなのだ。
 鼻がきくきかないは、その人の人生にも影響を及ぼす。

 第3章をまとめると、

 鼻がきくとは、
 言葉をよくきき分析し理解するように、脳の領域だ。 
 

 
posted by トモ兄 at 13:20| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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