2012年10月15日

やっと穏やかにツメが剥がれる(仮題)


 やっと穏やかに、痛みもなく剥がれてくれた。その原因は、真面目に練習したり試合すると、卓球シューズが窮屈なのか足〔親指〕に負荷が掛かりすぎ、ツメが剥がれる。しかし、いきなりはがれるのでなく、時間を掛けて剥がれので、ツメがなくなるときは、その下にすでに新しいツメができている。だから、ほとんど痛みを伴わない。ただし、時間を掛けるので、その分、若干の停滞が起きる。

 そして、とうとう気持ちよく卓球ができる状態になった。

 ここから本題。
実は、カレンダーの企画制作をしながら、その仕事とは直接関係ない時間や時刻、カレンダーの目的や機能を考えた。そんなときに、アフィリエイトも考え、レギュラーに加えイレギュラーの仕事も入った。ありがたき幸せ。

 ところが、僕のように特別な才能や能力がない人は、忙しいときに限って、寝ないで遊んだり時間があるときに考えれば良いことを忙しさの勢いで考えてしまう。つまり、ない能力をより分散してしまう。結果はご想像の通りだ。

 そんな反省も含めて、カレンダーの意味や目的を考えた。
例えば、時刻と時刻の間は客観的な時間がある。ところが、客観は見えない。太陽は東か昇り西に沈む。その時に、実は地球が自転している客観的な事実を見ることのできる人はいないという。つまり、世の中には見えない客観と感じる主観があることに気付く。

 日と日の間にも時間がある。この機能は、客観的な位置とその長さだったり量なので計算でき、便利である。しかし、その答えは、さほど重要でないことにする。

 では何が重要か。
特にカレンダーの場合、日と日の間は時間の量ではなく、主観的な変化の度合いを大前提とする。つまり、時間があったのにも関わらず、何もできなかったと思うよりも、主観的で感じる時間を資源とし、昨日・今日・明日を変化させるためのツールとし活用したい。

 そこで、カレンダーは客観と主観の時間を同時に表現できればベターだと考えた。
 客観的な時間は、共通概念で社会につながり、
 主観的な変化は、スケジュール。私の成長につながる。

 先ずは、そんな考えができる
 来年のカレンダーを探してみよう。
posted by トモ兄 at 17:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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