2012年11月24日

<MODE PRESS特別講義>ファッションが終わる前にを読んで 第3回


<MODE PRESS特別講義>ファッションが終わる前にを読んでから続く
http://50blog.seesaa.net/article/299370372.html

 ファッションは必要最低限の興味しかない。なのになぜ<MODE PRESS特別講義>を読むのだろう。それは、いわゆる世の中の動きを、ファッションという視点で捉えているからだと思う。僕の中に残る物はファッションでなく、小難しい言葉。つまり抽象化された言葉(キーワード)だ。
 へえ〜、そんなことがあるんだ。だからといって、全ては信じない。

 ☆製品の“計画的陳腐化”
 ☆自分のシグネチャー化
 ☆コミュニケーションの解像度

 ☆「見えるもの」から「見えないもの」へ進化
先ずは見た目と中身の関係で説明。例えば、携帯とスマートフォンで、一時期、携帯は著名デザイナーを登用しデザイン重視で競った。しかし、メーカーや型番が違えど、ほぼ見た目が同じ、シンプルな一枚の板のスマートフォンにそのシェアを奪われてしまった。なぜならば、携帯に較べてスマートフォンは圧倒的に高機能であるからだ。さらにiPadに代表されるタブレットも爆発的に普及している。つまり外見よりも中身重視にシフト。「見えないもの=中身」とは高機能ということになる。

 ソーシャルメディアの時代は、イメージや外見をより無効化し中身が露呈される。この現象は一瞬とても危険に感じるが、イメージ優先から中身化への価値観のシフトは、進化と呼ぶきものなのか。

 昔々、混沌の教えがあった。この世のあらゆるモノやコトの中心部に混沌が隠されていて、その状況が魅力や力を発揮できることもあるという。
 ソーシャルな時代では、そのイメージや曖昧さを嫌う。「混沌、七竅に死す」はもう諦めても、身体に残された幾つかの「あな」たは、大切にしよう。行き過ぎは困ってしまう。

 やはり、ファッションとは関係ない話しになった<(_ _)>




posted by トモ兄 at 14:57| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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