2013年08月24日

起きてからも、雑感


 珍しく仕事が順調に進んでいて、金曜日中に終了する勢いだった。今日はアイディアをもう1案考え、月曜には3案ラフを提出する予定だった。しかし、残念ながら今日が印刷入稿になった。担当者は忙しそうで何よりだ。僕も対応するしかない。ありがたき幸せ。

 夜中に目を覚ましたのは、原稿が入っていないかと思ったからだ。とにかく次の仕事に取りかかりたかった。メールをチェックすると簡単な修正があったので対応。ところが目が覚めてしまった。しょうがないので、眠くなるまでブログを書くことにした。起きてからも、雑感はその続き。

 藤圭子のことと園まりのことを考えていた。
園まりのことを覚えているのは、12歳年長の兄がファンだったから、園まりの「夢は夜ひらく」を知っていた。それから4年後(1970年)の「圭子の夢は夜ひらく」は、余りにも暗い歌になっていて驚いた。

 十 五、 十六、 十七と
 私の人生 暗かった
 過去はどんなに 暗くとも
 夢は夜ひらく

 この歌詞にもビックリしてしまった。こんな暗い歌は珍しかった。しかし、だんだん口ずさむようになる不思議な歌で、藤圭子は一世を風靡した歌手になる。また、どこか影があるイメージの人だった。

 「夢は夜ひらく」を調べてみると意外なことが分かった。
この原曲は、練馬少年鑑別所で歌われていた曲を曾根幸明が採譜・補作したものである。園まり「夢は夜ひらく」(原曲)の作詞は(1966年、中村泰士、富田清吾)で、藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」の作詞は(1970年、石坂まさを)。
 驚いたことに、JASRACには20を超える作詞者が異なるバージョンが登録されている。(出典:ウィキペディア)

 そして、もっと驚くことは、娘の宇多田ヒカルが母親と同じような人生を辿っていることだ。とても余計な話しだが、この辺で芸能リポーターのようなことは止めよう。

 深夜に、中島敦の山月記と名人伝がダブったようなことを書いたが、名人は執着から離れ忘れてしまう。人を十分に楽しませてくれたのだから、その人も幸せになってもらいたいものだ。

 これから、知り合いのご主人のお通夜に行く
posted by トモ兄 at 17:15| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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