2013年10月10日

3週間ぶりの…ところが飲んだ


 >ただし、もっとも楽しみな飲みにケーションは
  できそうにない。残念!

 ところが飲んだ。
ヘボコーチが終了し、自分の練習もした。球出しをお願いし、スマッシュとドライブボールを打った。これが良くなかったのか良かったのか。とにかく喉が渇いた。体がリクエストした。

 女性軍も別の場所で飲んでいるようだが、そこには行かなかった。仕事があり小一時間で上がるつもりだった。それが、完全に酔っ払ってしまった。まあそんなことも(よく)ある。
 余り覚えていないが、世界卓球選手権について何か書きたいと言ったが、今のところ何もアイディアがないといった。

 それから、友人の祖父の話を聞いた。
 地元では誰もが知っているような名前が存在する。昔々この辺りの豪農であり、現在もその一族はそれなりの大きな家を構え、所有地はアパートやマンション経営などに有効活用されているのだろう。

 友人の祖父は分家し商売を始め財をなした。商売は、足立や荒川地区の肥やし(人糞)流通の元締めだった。一時期は本家よりも栄えた。西新井大師とその周辺一帯を所有していたらしい。
 現在もその当時のことを伺い知ることができる。西新井大師の境内に広いとはいえない墓地があり、その敷地内にお墓が3基あるそうだ。
 
 別の農家の人からは、なぜ人糞が肥料として使われなくなったかの件を聞いた覚えがある。繁栄はなかなか続かない。

 僕の話しをすると、やっぱり香港のおばさんの話が面白い。
この話しは、そのおばさんの妹から聞いた。
 長崎(野母)半島の回りには小さな島が点在し、とある島の出身。なぜか、そのおばさんは香港へ渡り弁護士と結婚(お妾さん?)し財をなした。戦争が始まりおばさんは日本へ帰った。そしてその豊かな資金力で、御茶ノ水駿河台でホテル業を始める。とことが、当時、女性経営者は珍しく回りからかなりの横槍を受け、手を引かざるを得なくなる。それから、羽村で米軍相手にホテル業を始めた。波瀾万丈の人生。
 
 姉は妹を呼びよせ遺言を残した。あの木の下に金の延べ棒を埋めた。香港からは重くて持って帰ることができなかった。

 金の延べ棒の話しは、ほんとか嘘かどうでもよい。しかし、友人の話やおばさんの話はほんと面白い。小説を読んでいるようで刺激され想像する。また酒も入ると、話しが大袈裟になりより面白くなる。

 また取り留めもない話しをしてしまった。
 卓球の話しはどうなった?

 今日は、朝5時に起床。事務所にすぐ入り、パネルを仕上げた。
 今日も別件の印刷入稿の予定がある。
 実は、取り留めもない話しは仕事の待ち時間。
 できれば、今日中に別件は済ませたい。明日はビックサイトへ行こうと思っている。

ラベル:待ち時間
posted by トモ兄 at 15:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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