2014年04月29日

そんなに凝視(みつ)めるな 伊東静雄_2


 強引だろうか
 「集中力」と「分散力」で
 そんなに凝視(みつ)めるなを解釈してみることは。

 「集中力」と「分散力」で、喩え話がある。

 目的地へ急いでいる人がいて、信号待ちしている。彼はまるでレーサーのように集中した。青になった瞬間、すぐに横断歩道を渡ろうとした。その時、車と衝突。
 あまりにも集中しすぎることは、まわりを見落とし判断を誤まらせることがある。

 それだけではない。全ての自然現象は、その移ろいの跡を残さず、ひとつを追い求めることは一つの悲しみだ。
 だから、そんなに永く凝視(みつ)めるな
 我々はその刹那に集中を求めるな。その多様な変化こそが問いであり答えなのだ。

 わかい友 

 あゝ 歓びと意志も亦そこにあると知れ

 

そんなに凝視めるな

そんなに凝視(みつ)めるな わかい友

自然が与える暗示は

いかにそれが光耀にみちてゐようとも

凝視(みつ)めるふかい瞳にはつひに悲しみだ

鳥の飛翔の跡を天空(そら)にさがすな

夕陽と朝陽のなかに立ちどまるな

手にふるる野花はそれを摘み

花とみづからをささへつつ歩みを運べ

問ひはそのままに答えであり

耐える痛みもすでにひとつの睡眠(ねむり)だ

風がつたへる白い稜石(かどいし)の反射を わかい友

そんなに永く凝視(みつ)めるな

われ等は自然の多様と変化のうちにこそ育ち

あゝ 歓びと意志も亦そこにあると知れ



p.s. 僕たちは、近寄り難い深い井戸に佇む


posted by トモ兄 at 15:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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