2015年04月30日

『柘榴坂の仇討』を観た


 5月に入ってからの連休を気持ちよく休むために、1日まで仕事をする。しかし、流石に気持ちが緩んでしまった。2日から開放感にしたろうと思ったが早めに来てしまった。
 
 昨日は仕事を終えてから、カミさんとDVDレンタル店へ出かけた。5本借りると1,000円の表示があり、だったら5本まとめて借りようとなった。僕の観たい映画は、「イミテーション・ゲーム」だったがなかった。

 やっぱり4月は変である。初めてに近いと思うが、『柘榴坂の仇討』という日本映画を1本借りた。他4本は外国映画。映画は好きだが、日本映画を映画館でもDVDでも観ることはなかった。

 『柘榴坂の仇討』はCMで何となく知っていたが、まさか借りるとは思ってもいなかった。どうしてかと考えると、大河ドラマが桜田門外の変あたりだったのが影響したのか。というのはとってつけたようなもので、実はどうしてか分からない。

 『柘榴坂の仇討』のストリーは、主君である大老井伊直弼を守れなかった、近習役として仕えた志村金吾の物語。彦根藩は、金吾に切腹することを許さず、「水戸浪士たちを討ち、直弼様の墓前に首を供えよ」と命が下る。この物語は、そのひたむきな13年間の顛末記だ。
 
 この映画は様々な観点があると思うが、直弼が言った「命懸けで国を想う者を無下にするな」の言葉が心に響いた。
 その人の生まれや様々な取り巻く環境の違いで、考え方や手法手段の違いはあっても、国の行く末を想う国士である。だから、評定所留役は、自首してきた刺客に対して不当な処罰でなく、切腹を下した。つまり、武士として名誉の死を言い渡した。

 13年目の雪の日、志村金吾は名前を直吉と変え車夫として働く、最期の刺客である佐橋十兵衛の車に乗り込んだ。金吾は佐橋十兵衛に探りを入れるように様々なことを問う。そこで、十兵衛が自分と同じように、両親を失い孤独に生きてきたことを知る。

 死を覚悟した一騎打ちの後、佐橋十兵衛は自分を討つように願い出る。しかし、志村金吾は直弼が言った「命懸けで国を想う者を無下にするな」の言いつけを守った。また、武士の情けだろうか。

 志村金吾は佐橋十兵衛に、「新しい人生を生きてくれ」と諭す。

 男は武士。また支えた女も武士の妻である。
 武士の矜持をもって、下向きに生きた人たちの物語。
 脈々と受け継がれる日本人のDNAを観た。
 そして、支えてくれた人と生きる決心をする。

 
ラベル:日本人のDNA
posted by トモ兄 at 22:25| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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