2015年09月20日

昨日の出来事 レポート


 昨日は娘夫婦の住宅フェア見学に付き合った。僕たち夫婦の役目は子守りだったがそれなりに楽しんだ。

 僕の感想は、新しい体験と古い記憶が蘇ったこと。

 新し体験は、プロジェクションマッピングで表現された壁工法(壁構造)の紹介だった。直方体の部屋に通され、二方の壁が白いスクリーンになっていて、そこに壁工法がプロジェクション(投影)される。時間を追いながら、その工法の特徴や仕組みの紹介と、バーチャルにその壁が完成していく。
 まあ、何て分かりやすい説明なんでしょう。
 このプロジェクションマッピングはアートな作品でないが、商品紹介の表現スタイルとしては初めての体験だった。

 紙媒体がデジタルに移行する中で、環境的な制限はあるが、間違いなくプロジェクションマッピングは積極的に活用されるだろうと思った。未体験という若干の驚きはあったが、それよりもほんと分かりやすかった。

 古い記憶は、商品の説明を聞いていたときに「蔵」という言葉に反応した。「蔵」とは庄屋さんの裏庭にある漆喰の建物ではなく、住居内の収納スペース(「蔵」)のことで、新たな意味付けをしたものだ。
 
 家は家族の舞台であり物語がつくられ演じられる時空の場。物語は未来へと構築されるが、同時に思いでとしても記憶に蓄積される。しかしそれだけではない。その記憶とともに関連したものもある。
 「蔵」の新しい意味付けとは、日常の物だけでなく家族の大切な記憶(思い出のもの)も残す収納庫のこと。その記憶は家族の歴史や懐かしい写真といえるようなもので、家族の絆で暮らしを支えたり豊かにしてくれる。

 そして、書籍を思い出した。それは以前に読んだ、吉田あこ著『高齢化時代のすまいづくり』だった。本棚を探してみるとあった。ひさしぶりに拾い読みした。付箋があったところに、「若者のは未来を夢見、老人は過去を夢見る」とあった。これがぼくにとって「蔵」の記憶のベースとなっている。

 「老人は過去を夢見る」は若干の説明が必要だ。若者の夢と対比させるといかにも古い話になるが、そうともいえない。実は、老人たちが若い頃に未来を夢見たことを「老人は過去を夢見る」という。その夢は次世代の子供たちに繋がったり、影響を及ぼしたり育む。大袈裟だろうか。このことは繰り返されている。

 やっぱりデスクトップにしがみついているだけでは気付きが少ないし興味が湧かない。あんまり面白くない。

 たまには絵を見に行きたいなと思った。

posted by トモ兄 at 11:19| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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