2015年12月06日

じゃあ またね_(._.)_


 長崎では卓球部の同窓会が始まっているらしく、早速携帯に連絡が入った。
 すでにワイワイガヤガヤしていて、それだけで楽しそうな雰囲気が伝わってきた。もし僕がそこにいたら、41年ぶりの再会ということになる。最初のお言葉は「いいだしっぺは、なぜいない」だった。それから、最近の携帯は感度がよく、遠くの方でまだ酔ってないよ電話はそれからだ!と聞こえた。その後、すぐに切られてしまった。

 これは「やばい」と思った。何をいわれるか分からない。
 
 僕はつい最近お酒を解禁した。なのでこちらも、もんじゃを酒の肴にし同級生の勢いに押し込まれないよう態勢を整えた。そして連絡を待った。できれば、アイホンをテレビ電話にしようとも考えていた。

 久しぶりのお酒で、すぐに酔ってしまった。すぐにそこへ飛んで行きたい気持ちになったが、超早割で往復航空券を手配したもののキャンセルした。その理由は何度も書いているが、内視鏡検査で余計なこぶが発見され切除した。その結果は良性だったが、全ては取りきれずまた行う。そんな状況なので大事を取った。

 とにかく最近、「まさか」がよく起こる。
「いいだしっぺは、なぜいない」については、よく覚えていないが僕がいったらしい。このときは20年ぶりの再会。その前にも別の同級生との40年ぶりの再会があった。だから、同窓会自体も「まさか」なのだ。健康面でもその「まさか」が起こった。「まさか」はいいことばかりでないので、実は大腸内のこぶに覚悟を決めていた。そんな状況だったが事なきを得た。

 そんなことを考えていたが、「まさか」の爆睡。
 起きたのは、いつものように午前4時。
 いつものことなんだけど…

 それでも「やばい」と思った。何をいわれるか分からない。

 だいぶ不味いので、何か書かないと…


 そうそう「動的平衡」って知っている。
これって細胞レベルで起こっていることで、分解と合成が同時に行われ、平衡状態にある細胞内のダイナミックな出来事です。
 例えば、ルービックキューブを思い浮かべて。ちょうど真ん中にある細胞がなくなっても回りの細胞が保存されていると、なくなった細胞の役割分担と位置が保存されています。そして、回りの上下左右の隣り合わせた細胞がお互いに交信しながら、なくなった細胞を常に作り直しています。つまり、各細胞という要素と要素の間にある関係性に重要な意味があります。

 だから、そこにあるものは、流れそのものでしかないらしい。その流れの中で、ぼくたちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。また、ミスもあるらしくそれが「がん」化することもあるそうだ。
 ここで注意しなければならないことは、(ぼくたちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている)こと。

 そこでこんな問題提起があります。自分自身を特定する場合、不変な自分があると思われているが、細胞のミクロレベルではその特定は難しいらしい。指紋・虹彩のパターンも少しずつ変わる。 
 そうなると究極の自分自身を特定する方法は自分自身の記憶しかない。これでは社会生活に困ってしまうので、約束事としてマイナンバーとか写真や保険証などいくつかのIDチェックで特定することが必要になってくる。

 そして、この話しを日常生活に拡大解釈すると、人と人の間にある関係性(縁)がより重要だ。つまり、側にいる人が交信しながら僕も育てられ、お互に同様なことを同時に行っている。しかも、自分自身の記憶も不変でなく怪しくなり、お互いの関係性において人がぼくを特定できることもある。この大切な関係性を失った時に、最悪のパターンで無縁社会となる。
 
 だから、不義理をしてしまったことは理由があったとしても、挽回したいと思っている。2020年に東京オリンピックがあり、日本卓球を一緒に応援できないだろうか。
 その時に東京で同窓会をできれば。どうでしょう。

 長い長い言い訳になってしまった。
 最後まで読んでくれてありごとう。じゃあ またね_(._.)_

posted by トモ兄 at 17:46| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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