2016年05月04日

『スポットライトが照らしだしたものは』


 今日の午前中の予定はブログを書く、と書くが、もう4回もかき書き直している。仕上がりの良し悪しよりもそれ以前の問題で、なかなかまとまとめることができなかった。なぜだろう。単に個人的な日記なのに。

 21時就寝、6時起床。今朝、『スポットライトが照らしだしたものは』という言葉が浮かんだ。もしかすると、寝ている最中でも頭のどこかで悩んでいたのか。ふと、このタイトルでまとめることができるかもと思った。

 当初は、「カラヴァッジョ展の後日談とスポットライト」でブログを書き始めていた。

 まさか、カルパッチョがルネサンス期のイタリア人画家だったとは驚いたが、同時に、当時(16〜17世紀頃)の宗教が美術に与えた影響も読み進めていた。
 5月1日、シネコンで『スポットライト 世紀のスクープ』を見た。おそらく、何らかの関連がある。だから、数ある映画のタイトルの中でセレクトした。そこに共通するキーワードがある。

 それは、「スポットライト」と「カトリック」だった。
または、権威や権力は腐敗する、だろうか。

 カラヴァッジョが生きた時代は対抗宗教改革のさなかで、ローマカトリック教会は、抗議勢力であるプロテスタントを弾圧したが、同時にカトリックも厳しく自己革新を行った。

 「カトリック」は教皇をトップとした軍隊のような強力なヒエラルキーを持つシステムで、教会主義(神の仲介役)だが、次第に教会内の世俗化や腐敗が広がり、バチカンにあるサン=ピエトロ大聖堂の建築費用などを捻出するために、免罪符も販売するようになった。この札を買うと罪が許されるという教えはキリスト教になく、「カトリック」の一部に、教義上の問題や腐敗を抗議する者が現れプロテスタント(抗議者)と呼ばれるようになった。

 また、当時のローマでは大規模な教会や有力な貴族などの邸宅も建築され、建物を装飾する絵画が求められたが、ルネサンスやマニエリスムは、もはや時代遅れと見なされていた。このような状況に、対象物を理想化しないでより自然でドラマチックに表現した、カラヴァッジョがローマ画壇に登場した。
 カラヴァッジョは、ローマを熱狂させただけでなく、ルネサンスを越え、新しい美術様式のバロックの魁となりに強い影響を及ぼした。

 カラヴァッジョでいう「スポットライト」とは、人間の姿を写実的に描く明暗法のことで、光りと陰を明確に分けた。つまり、暗闇の中である対象物を照らす光を「スポットライト」と捉えた。この光りは宗教的に神の愛と解釈され、絵画的にはドラマチックな効果を生み、信者に感情移入を助ける。
 当時、「カトリック」では、聖書がラテン語で書かれていたため、聖職者のみが言葉を理解・解釈し、信者に信仰を伝えていた。宗教画はラテン語を読めない人のための聖書であると捉えられ、プロテスタントへの対抗手段として教義の補強や、イメージそのものを祈るのではなく、仲介者とし本質を礼拝。宗教心を喚起した。

 そして、『スポットライト 世紀のスクープ』の「スポットライト」は、「カトリック」の深い闇に、ジャーナリストが強い光を照射し、カトリック教会の性的虐待を暴露した。

 この映画は、ピューリッツァー賞を受賞したボストン・グローブ紙の調査報道を描いた実話に基づいた社会派ドラマで、後味は良くなかったが、とてもいい映画だった。
 この映画はの感想は、以前何かで読んだような気がするが、システムの破綻だと思った。宗教の問題だけでなく、最近の企業の不正問題は目に余る。巨大なシステムが機能不全なのか、それとも個人の問題なのか。それとも、厳しい自己革新か…

 ボストン・グローブ紙のスポットライトチームは、少数精鋭の個性的な集団で、同じ目標を共有することで目的を達成し、この集団のシステムは優位に働いた。
 ところが、なぜが巨大なシステムは例に漏れず権威や権力は腐敗する。 
 映画の中で、電話音声のみだが、心理療法士のセリフで統計の数字がとても気になった。また、宗教にほとんど無関心なものが言うのも可笑しいが、対抗宗教改革で、カトリックも厳しく自己革新を行ったことは意義深いことだったと思うが、遠因になったこともあるのではと思ったりもする。いずれにしても、人は罪深いのものだ。


 余談ですが、本作の監督・脚本でトム・マッカーシーの名前は、全く覚えていませんでしたが、何となく気になっていて調べてみました。
 びっくりしたのですが、彼の作品で『靴職人と魔法のミシン』を銀座の映画館で見ていました。

『見たい絵画と映画』
http://50blog.seesaa.net/article/422086224.html
東京ステーションギャラリーなう_2
http://50blog.seesaa.net/article/422192727.html

『見たい絵画と映画_2』
 http://50blog.seesaa.net/article/422100286.html
『映画を観た」
http://50blog.seesaa.net/article/422313566.html

 何となく、絵画といい映画といい
 好きな傾向があるような
 ※いろんなサイトやブログを参考にした。
posted by トモ兄 at 14:20| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
私もカラヴァッジョ展を見てきましたので、興味を持って読ませていただきました。カラヴァッジョの絵画の「スポットライト」の光りは宗教的に神の愛と解釈され、絵画的にはドラマチックな効果を生み、信者に感情移入を助ける。というご説明は、カラヴァッジョを宗教的視点であまり見ていなかった私には斬新に感じました。「スポットライト」と「カトリック」という考え方も、カラヴァッジョ自身に会ってカラヴァッジョが作品の表現にこめたものは何だったかを検証することはできませんが、一つの説明としてありうる話だと思いました。確かにそう考えるとカラヴァッジョとレンブラントの違いも分かりやすく説明できるかもしれませんね。

私はカラヴァッジョの絵画の魅力と、なぜカラヴァッジョが純粋に美術史を塗り替えるほどの影響力を持ったのか美術的な視点でを考察してみました。カラヴァッジョとレンブラントの違いについても説明を試みました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただけると感謝いたします。
Posted by dezire at 2016年05月13日 11:49
 
 コメント、ありがとうございます。

 dezireさんの「カラヴァッジョとレンブラントの違いについても説明を試みました」は、とても刺激的なテーマです。
 僕はレンブラントについて、誰もが知っているぐらいの知識しかありませんが、考えてみたいと思います。絵は描けませんがカメラは持っていて、ファインダーで作品を覗いてみます。

 「カラヴァッジョとレンブラント」の作品には、同テーマで《エマオの晩餐》があり、この二つの作品にフォーカスします。

 例えば、照明はどの方向から来ているか。コントラストやシャープネスとファーカスの具合は。また、フォトショップのスポイト機能を使い色調を何カ所か測り、カラーイメージスケールで、色彩的にはどんなイメージなのかも探ってみます。
 画家は絵筆で、たとえ日が落ちても光りをつくりだします。また、二つの作品で、キリストに光輪があるなしが気になります。その演出で、その出来事にどんな意味を持たせようとしたのでしょうか。

 先ずは、高画質の画像を捜します。
Posted by トモ兄 at 2016年05月17日 18:16
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