2016年05月05日

久々にイライラ


 ブログを書いて久々にイライラしている。
 『カラヴァッジョ展』と『スポットライト 世紀のスクープ』はとてもよかったが、何だか解決できない問題が残った。それがイライラの原因になっている。

 当時(16〜17世紀頃)の宗教が美術に与えた影響を読み進めていると、1517年にルターがヴィッテンベルクで「95か条の質問状」を掲示した、「救済は神の意思のみによるものか、あるいは人間の自由意思もそこに何らかの介入ができるのか」という命題を知った。

 30代の頃と思ったが、ある国際機関の募金活動用ポスターのお手伝いをしたことがあり、同様の命題に悩んだことがあった。

 友人のコピーライターは、ぼくにとって感動的な「神の手よりも人の手で」というキャッチコピーを提案した。

 当時ぼくは絵本に興味があって、特にエリック・カールの「I See a Song, 1973」という作品が気に入っていた。この作品は出版するためでなく、確か彼が彼の子供の誕生日にプレゼントするために描いた絵本で、たまたま彼の自宅を尋ねた出版社の人に発見され、出版の運びとなった。

 ポスターは、「神の手よりも人の手で」とエリック・カールが描いたバイオリンを弾く道化師をデザインしラフを提案。命の危機に瀕している人たちを救済するためには、コストが必要で、募金による人の手(法)が有効だった。そのコストには、薬品がメーンだったが、現地でその救済活動を知らせるための識字率アップの活動費等も含まれていた。

 ところが、言語道断で宗教を敵に回すようなフレーズは、採用できないとボツに。また、ポスターに掛けられる費用はほとんどなく、デザイン制作料もアルバイト程度の僅かなもで、エリック・カールにオーダーすることはできない。

 結局、コピーはもちろん別案。ビジュアルはイラストで、3人がそれぞれのパートをつくりコラージュでまとめた。

 『スポットライトが照らしだしたものは』は趣味であり仕事でなかったが、救済は神による意思のみなのか、人間の自由意思を介入することができるのか。そんな命題を再び考えさせられた。

 ほぼ無宗教に近いぼくにとっては、この命題の教義的な解決は難しいが、例えば地震で苦しむ人を助けるためには、その手法手段は、もっともタイムリーな判断で即効性が有効だと考える。

 スポットライトはそんな使い方だろうか。絞り込んで照らしだしたものは、解決方法も含まれている。


posted by トモ兄 at 04:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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