2016年07月02日

7月が始まった_2


 最近、ある人と俳句について話した。その人は先生について俳句を勉強しているらしい。
 彼が先生に褒められた句を披露してもらったが、どうしてもその良さが分からなかった。
 僕は、彼のように頻繁に句を詠まないが、初めてお茶メーカーの俳句募集に応募し佳作に選ばれ、掲載された作品が本になって送られてきた。そんな話しをした。

 すると彼は、それは俳句でなく川柳だといった。
 そうだろうか。彼と俳句の話しはもうしない。
 ばかばかしい。
 
 ある日、兄よりブリューゲルの展覧会に行った感想メールが届いた。印象に残ったのは『イカロスの墜落』だったそうだ。僕はその絵を知らなかったので、すぐにネットで調べた。
  
 この絵はとても謎に満ちていて、イカロスが海に墜落し海上に両足が見えている。絵には3人の登場人物がいる。農夫と羊飼いと漁夫がいて、この大惨事に気づいていない。または興味を示していない。なので、イカロスと3人の関係性が全く分からないし、遠近感も変で特に農夫が強調され、イカロスの姿は小さく見逃してしまうほどだ。これって、『イカロスの墜落』というタイトルに意味があるのだろうか。

 ところが、描かれていない重要な人物がいる。それは、イカロスと同時に空を飛んでいた父親のダイダロスの存在だ。つまり、鳥瞰図として鑑賞者は父親の視点に取り込まれる。

 感想はそんなことを思いつつ、
 俳句を詠んだことを思い出した。

 イカロスの 蹉跌をひろい 夢翔る
 
 父親の目の前で墜落していく息子を見て、その哀しみは想像を絶する。しかし、同時に偉大な建築家で発明家でもある父親は、「リスクを取る人間につきまとう悲しさ」を感じていたに違いない。人類は様々な失敗や想いを拾い集め、やがて翼を得る。
 このブログを始めた頃に書いた。
 
 gaccoで、「俳句-十七文字の世界-」という講座がある。 
 他派の俳句を簡単に川柳といってのけた人がいたが、実は僕もあまりよく分かっていない。この講座はとても楽しみにしている。

ラベル:俳句
posted by トモ兄 at 12:33| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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