2018年02月18日

内視鏡検査、無事終了→卓球クラブ→俳句


 昨日、大腸の内視鏡検査を受けた。
 2年前の検査でポリープが12個発見され、後日2回に分けて摘出手術を受け、全て良性でラッキーだった。
 今回の検査では、1個発見されその場で摘出。無事終了し、今朝退院した。

 実は体の調子も排便の調子も良かったので、もしかするとポリープはないかもしれないと思っていて、今月にある団体戦はやる気満々だった。

 ところが、約3週間刺激の強い食事や激しいスポーツに制限がかかった。団体戦はギリギリのメンバーなので、僕が参加しないと人数的に試合が成立しないため、オーダーは5番手で参加し、回ってくると棄権することに。とうとう僕にもそんな役柄が回ってきた。

 現状の男子3チームは、ギリギリの人数で組んでいるので、ほぼ毎回1チームは5番手が棄権する。ほんと残念だが、今回のようなことは、初めての出来事ではない。

 クラブ活動は健康維持だけでなく、連盟に登録し試合に参加することを目的としているが、メンバーは70歳台の人が多くなりつつあり、健康問題等で運営が難しくなってきている。そういう中で、新たに若い2人が加入してくれたことは、ほんとありがたい。
 
 僕の個人的なことでも、こんなに健康問題に頭を悩ますとは思いも寄らなかった。これって悲しいかな自然だろうか。いつまでこんな楽しいことができるのだろうか。健康維持や試合に参加といったが、実は最高の娯楽でもある。

 現実的には、同年代の卓球仲間で、昔よく練習しよく飲んだ二人が亡くなった。ある問題で袂を分かつことになったが、とてもショックな出来事だった。

 そのことを、心の風景を、書きとめよう。という新俳句大賞に応募した。

 なぜ急ぐバックミラーでしか逢えぬ君

 ある病院で小冊子を読んでいたら、五木寛之さんのコラムが載っていて、年を積み重ねると「バックミラーに映る風景が見えてくる」というような趣旨のコラムがあった。
 年を積み重ねるとバックミラーにどんな風景がみえるのだろう。僕にとって、映る風景は、卓球で汗を流した友人との懐かしい風景だった。この想いがベースになり俳句をつくった。

 確かに、前に古人を見ず
     後ろに来者を見ず

 しかし、バックミラーには古人との風景が映り
 様々なことが目に浮かんだ。
 さて、僕はこれからどうしよう。
 そうだ、かけがえがない自分を
 もう少しノンビリとドライブすることにする。



登幽州台歌  幽州の台に登る歌 
陳子昴(とう ちんすごう 661-703)

前不見古人  (前に古人を見ず) 
後不見来者  (後ろに来者を見ず)
念天地之悠悠 (天地の悠々たるを念い)
独愴然而涕下 (独り愴然として涕下る)

高みに登り、遠い空間や広大な空間から
悠久の時間が連想される。
無限の時空のなかの
ちっぽけな自分は、猛烈な孤独感を感じるが、
ちっぽけな自分は、かけがえがないゆえに、
一個の全宇宙に匹敵する価値がある。
そんなことを理屈抜きに感じた瞬間に、涙がこぼれる。

 この歌は、たまには高い視点と広い視野で、人生全体の地平線を眺めてみると、自己の再発見ができるかもしれないという歌だそうです。
 
 それと、命あっての物種だから、試合に出たいのは山々だがここは慎重に進もう。
 
posted by トモ兄 at 18:10| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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