2018年03月21日

それから、広河隆一 写真展へ




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 広河隆一氏はフォトジャーナリストで、人間の生存と尊厳が脅かされている場所を「人間の戦場」と呼び、そうした場所で生きる子どもたちの悲しみと喜びの姿を写してきたそうです。
 今回の写真展はパレスチナ・イラク・アフガン・チェルノブイリ・福島などの子どもたちを中心とした約100点の写真が展示してありました。

 その中の1点

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 キャプション シャティーラ難民キャンプの虐殺事件で、瓦礫に叩きつけられるようにして殺されていたパレスチナの幼児。瓦礫の下には両親と思われる遺体が埋まっていた。
ベイルート、レバノン。1982年

 36年前の虐殺事件で、1982年9月16日から18日まで、西ベイルートに侵攻したイスラエル軍が近郊のパレスチナ人難民キャンプを包囲・監視する中で、キリスト教マロン派であるファランジストの私兵集団が、キャンプ内のパレスチナ人民間人1800人以上を虐殺した。ただし、正確な犠牲者数は、今も不明だそうだ。

 この写真はあまりにも強烈だった。なぜこんなことがあったのかを僕なりに調べてみた。しかし、複雑すぎて理解ができない。長い長い時間の中で負のスパイラルが回っていて、その中の一瞬である3日間の虐殺。しかし、あまりにもむごすぎるし、なぜ人は無差別にしかも子どもを虐殺できるのか。

 フォトジャーナリストである広河隆一氏は、写真展 戦場の子どもたちのサイトのはじめに、こんなことを語っています。

 「加害者」は必ず被害を隠します。爆弾を落とした責任者は、その爆弾で子どもが殺されたことを隠そうとします。だからこそ、私たちは撮影した真実を守るために、「隠したい人」「加害者」と対峙しなければなりません。
 なぜならそれは人々が、本当には何が起こっているのかを「知る」という、私たちの権利を守ることと重なっているからです。 

 終わりにこんな言葉で結んでいます。

 そして、人々が「知る権利」を持っているのは、すべての人間に、「生きる権利」もっと言えば「健康に幸せに生きる権利」が備わっているからです。
 しかしその権利があらゆるところで踏みにじられているのが、この世界でもあるのです。

 この展覧会を観ての感想は、まず「加害者」にならないことだ。また「被害者」にならないためにも「知る権利」を守ること。
 そして、記録し忘れないことで、同じことを繰り返さないこと。

 簡単にいってしまったが、ほんとはとても難しい。

posted by トモ兄 at 18:39| 東京 ☁| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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