2018年03月24日

金曜日の雑感

 今日は、いつものように印刷入稿があり、夕食後はテレビでサッカー観戦を楽しむ予定だ。金曜日は週単位のスケジュールの最終日で、緊張感が高まりその後開放感に包まれる激しい1日になる。夕方からはかみさんと買い物に出かけたり、ノンビリと読書やブログを書いたりもする。だから、夕方からは最もくつろげ、僕にとって正に華金ということになる。

 ただし、今日の印刷入稿(下版)は忙しくなりそうだ。なぜかというと、印刷入稿当日(午前中)なのに原稿がまだ入っていない。しかも、変更があったり修正が重なったりでストレスもかなり溜まってしまう。しかし、最近は不思議に、課題の分離という考え方が身につきつつあり、改善の方向にある。

 担当者は下版するギリギリまで、僕と違った課題に取り組んでいる。僕も担当者と違った課題があって、このタイトな時間の中でどうすれば効率的に印刷入稿できるかを考えている。
 その結果、制作のスピードアップにつながったり、ストレスも軽減しつつある。課題の分離とは、本当にいい考え方だ。

 まだ原稿が入らないので、このまま続ける。

 最近、写真展を観た。実はコマーシャル関連の写真が好きなので、サラ・ムーン展を予定していた。ところが、気まぐれだろうか違ったジャンルの写真展を観ることにした。特に興味があった訳ではないが、ドキュメンタリー関連の写真展を観ると、これまでにはなかった、視点や視座や視野に気付かされる。

 人はなぜ闘うのか?を考えるざるを得なくなった。
 最近よくアクセスするサイトや手持ちの本を覗いてみた。
 

 たとえば、フロイトとアドラー心理学の観点

 フロイトとアドラーは共に研究を行った時期もあったが、学説の違いで別の道を歩むことになる。フロイトはリビドー(性的欲動)が人間のパーソナリティの基礎になる考えたが、アドラーは、劣等感に着目し、人生に立ち向かう力も生み出すと考えた。
 また、人はなぜ闘うのか?についても違った考え方を持つ。彼らは同じ第一次世界大戦を経験したにも関わらず、フロイトは、「なぜ人間は闘うのか」の問いに対して、人間には攻撃欲求があるとした。一方アドラーは、「闘わないためには何をすべきか」と考え、人間は仲間であるとし、もっと仲良くできることを理想に掲げ、その原因を探ることだけではなく、問題をどう解決するかを考える。
 だから、アドラーの心理学が浸透すると、人は世界は変わることができ幸福になれる。
 
 ホーキングの科学者としての観点

 ホーキング、未来を語る第6章|私たちの未来は?で 
 悲観的なジョークも紹介していますが、ホーキングは楽観的に考えてるそうです。

 “人類が今までに宇宙人の接触を受けてこなかった理由は、文明というのは私たちの段階まで発展すると不安定になり、文明自体を破壊してしまうからである。”

 また、
 “知的生命体への進化は進化の必然的な結果と見がちです。しかしそれには疑問があります。知性には大きな生存価値があるかどうかは明らかではありません。”
 知的生命体と自称している人類が、核戦争で自分たち自身を地上から一掃したとしても、細菌は知性がなくてもうまくやっていく。

 これって、あながち間違いとは言えないような気がします。
 知的生命体へと進化してきた人類が、地球温暖化の原因をつくっているし、人口や電気消費量が指数関数的増加が続けば、2600年までに世界の人は肩をぶってけあうほどの状態で立っていなければなくなり、電気の使用により地球は灼熱化してしまう。そんな未来を予測しています。知性には大きな生存価値があるのか疑わしい。

 人はなぜ闘うのか?は、科学的にも答えがありそうです。

 本とは離れますが、「猿の惑星」って覚えていますか?
 あの衝撃的な映画のラストシーンを

posted by トモ兄 at 03:41| 東京 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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