2018年05月26日

『デザイナー・田中一光にとっての琳派』の講演を受講して

 『風神雷神図屏風』の展示はなかったが、話の入り口辺りで、宗達・光琳の『風神雷神図屏風』で最も違うところは?という質問があった。僕は出光美術館で、宗達・光琳・抱一の『風神雷神図屏風』を見ている。また、図録で風神雷神の細部を見比べる徹底解剖も見ていて、雲や顔の感じかなと考えた。

 ところが、山下裕二先生の答えは、光琳は宗達の風神雷神をかなり正確に模写しているが、雷神像の連鼓(Drums)の天の部分が切れているのが宗達で、切れていないのが光琳の雷神像。
 なぜ宗達は連鼓を切って描いたのだろう。謎だそうだ。 
 見ていたはずだった連鼓は、思い浮かばなかった。

 琳派を専門に見ている訳ではないが、ブログを見ながら琳派の展覧会へ行った回数を数えてみると4回あった。
 
2006年9月9日(土)〜10月1日(日)
国宝 風神雷神図屏風 
―宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造―
出光美術館

宗達☆・光琳*・抱一の国宝『風神雷神図屏風』を初めて
見た。☆は国宝(宗達)、*は重要文化財(光琳)


2008年7月8日(火)〜8月17日(日)
創刊記念『國華』120周年・朝日新聞130周年 
特別展「対決−巨匠たちの日本美術」 宗達vs光琳 
東京国立博物館 平成館 (上野公園)

2008年10月7日(火)〜11月16日(日)
尾形光琳生誕350周年記念
「大琳派展」ー継承と変奏ー
東京国立博物館・平成館(上野公園)

2018年5月12日(土)〜7月8日(日)
【特別展】琳派 ―俵屋宗達から田中一光へ―
山種美術館

2018年5月20日[日]14:00〜15:30
『デザイナー・田中一光にとっての琳派』
講師:山下裕二先生
國學院大學 学術メディアセンター(AMC) 常磐松ホール


 山下裕二先生の講演を初めて受講した。
この講演はほんと面白かった。たとえば、宗達をカットアンドペーストの(名人?)だとかいっていた。そのままだと単なる盗作だ。ところが、これが凄い。大胆で別次元の作品に仕上げてしまった。

 あまりにもポピュラーになってしまった、日本画の流派で「琳派」は俵屋宗達から始まり、私淑(間接的に先人を学び慕うこと)によって尾形光琳に受け継がれ、酒井抱一によって、宗達から光琳周辺までを系譜づけられた。

 このとき抱一は「尾形流」と名付けたが、近代に入ると「光琳派」と呼び方が変わり、それを略して「琳派」が最終的に定着したそうだ。つまり、抱一は江戸琳派として継承しただけでなく、「琳派」という呼称の定着にも大きく貢献した。

 そして、なぜ田中一光が「琳派」を継承した作家(デザイナー)なのか。田中一光の作品で、宗達や光琳の作品からモティーフを直接引用しデザイン処理を施したことを紹介。つまり、この行為は琳派の作家たちが古典を引用したように、一光も時代を超えて琳派に私淑した。
 そして、山下裕二先生曰わく(後から気付いたそうだ)、一光さんの名前には「抱一の一」と「光琳の光」が入っていて、何をか言わんや間違いなく「琳派」だ!!オイオイと思いながら、なんてユーモアーのある先生だろうと思った。

 また、私淑でなく、山下裕二先生ご自身の師弟関係の紹介もあった。血縁関係ではないがたとえると、祖父が、宗達、光琳研究の第一人者だった、故山根有三先生。父が「奇想の画家たち」として再評価をうながし、若冲ブームの立役者の辻惟雄先生。

 もちろん、僕は生誕300年記念 若冲展も見た。
2016年4月22日(金)〜5月24日(火)
生誕300年記念 若冲展
東京都美術館 


 子に当たるのが、山下裕二先生というこになる。

 次の展覧会は、確か「奇想の系譜」といったような?
 近々、展覧会の告知があるそうだ。

 おそらく、展示される作品は、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳の作品だと推測する。この展覧会は、若冲展のように間違いなく混み合う。あの3〜6時間待ちだけは勘弁して欲しいものだ。

 次の展覧会はいつなのか分からないが、
 楽しみにして待ちたい。
posted by トモ兄 at 01:21| 東京 ☀| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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