2018年09月24日

新聞読んで、ブログ書いて、仕事する_2

 今日の朝日新聞MONDAY解説で、
 「生産性ない」杉田氏寄稿
 性的多様性 自民の受容度は を読んだ。

 自民党の杉田水脈衆院議員は、同性カップルを念頭に「子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と主張した問題だ。その背景には、「父母と子」の根強い家族観と「性的マイノリティ」への理解不足と差別があるようだ。

 僕は杉田氏が寄稿した論文を読んでいないので、正確なことは分からないが、この記事を読むと「少子化対策」のために、国の税金を使うことは大義名分がある。しかし「生産性がない」同性カップルに、税金を投入することはどうなのか、という疑問を呈した。

 以前に、同様な問題を聞いたことがあった。

 ある講座を受講したときのうろ覚えだが、話をつくってしまうと、昔々分類学者が世の中の全てを整理した頃の話で、分けることが分かる「理解」とした。その分類の空間にはルールがあり、全てのことやものがもれなく存在し、誰もが世界を理解することに役だった。

 ところが、困った問題もあったらしく、当時どうしても分類できないものもあった。そのことを分類上のパラドックスと聞いたように思った。その典型的な1つの例が「くじら」だった。魚なのか何なのか?この話はこんな風に続く。

 実は存在するが、分類上のパラドックスに分類されてしまうと、無視され評価されることなく、忘れさられることになるらしい。この講座はそういうテーマが本題ではなかったが、現代には、そういう宿題が残されていて、掘り起こし再評価しなければならないという問題提起があった。

 生産性のある・なしで、国の税金の投与の大義名分を判断することは難しい。背景的に「根強い家族観」と「少子化問題」があることは僕にも理解できる。しかし、ここは単純にこう考えたい。「性的マイノリティ」の人たちやそうでない多くの人たちも一様に税金を納め、再配分される。
 つまり、税金の再配分については、子供を作るつくらない、もしくはできないことも、全く関係ない。

 また、様々な生き方や多様性を目指している社会で、性的少数者の権利保護推進は今、世界の潮流だ。分類上のパラドックス状態にある人たちは、正しく再評価されることになる。
posted by トモ兄 at 14:55| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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