2019年03月23日

もしかして(弾丸)ツアー?

 金曜日はいつもの印刷入稿日だった。原稿はその日の朝方4時と6時に入稿があった。僕は3時間の仮眠をとり、その時刻にはスタンバイしていてすぐに制作。原稿の入稿状況は40%ぐらいだろうか。17時に印刷入稿予定。原稿入稿の待ち時間に、ブログを書くことにした。

 印刷入稿は、17時に無事終了。
 それからすぐに、夫婦で整形外科へ向かう。
 一時期よりも、肩の調子は回復しつつある。
 帰りにベルクスに寄り、夕食用のお弁当を買う。

 夕食をとりながら、世界フィギュア・女子フリーを観戦。
 それから映画を見る予定だったが、21時頃すでに寝ていた。

 いつものように昨日(金曜日)は忙しい1日だったが、「教養としての言語論:言語は私たちをまやかし生きにくくさせる」(今回の講師の対応は、今まで受けた講座の中でもっとも素晴らしかった。だから、ディスカッションは投稿が多かった。講義は炎上しそうな内容もあり、また覚悟していたようだが、講師の人柄と丁寧で素早い対応が炎上を防いだ)の講座が終了したので、区切りを付けるためにも、待ち時間に、お礼の気持ちを込めてディスカッションに投稿した。

 今朝は4時起床。
 今日は仕事するか、展覧会&卓球(弾丸)ツアーで、六本木→早稲田→上野に行くか迷っている。そしていよいよ来週になると、春休みジジババツアーで、楽しいて面白い怪物くん(孫)たちがやって来る。そのためにも、今週は出来るだけ積み残しをしないように頑張りたい。

 人生が旅だとすると
 仕事もブログも他のことも
 一瞬の(弾丸)ツアーに思えてきた

 だとすると ほんと大変だ


 変な日本語ですが、実は全く興味がない「言語論」に興味を覚えて、どんどん引き込まれました。そこで、なぜマニアックな「言語論」がこんなに刺激的だったのかを考えてみました。

 1つの理由は、学習前と学習後にどんな変化が自分自身に起こるかです。しかも、この変化と方向性は現在進行形がポイントだと思います。そしてなぜの答えは、「言語論」で学習した内容が、現在進行形を維持するための動力源になるということです。つまり、個人的なコミュニケーション活動の肥やしになることです。

 たとえば、インターネットの影響力は間違いなく大きく、言語では、作文の練習程度で始めたパソコン通信から、現在はブログを書いていて「自分メディア」を意識しはじめています。検索すると一時期は、まさかの1億ページのトップにヒットしたこともありました。単なる日記なので、ビギナーズラックとしかいいようがないです。しかし、そんなことが長続きする訳がありません。現在はタイトルを変更し発信内容を思案中です。

 また、あるスポーツのコーチを趣味で行っています。対象は60歳後半から70歳後半の人たちです。最大の問題点はいかにして言葉に制限を掛け(短い言葉で)、的確にコーチングするかです。しかも、十人十色の個性なので頭を悩まします。そこで思い立ったのは、確かにメタ・メディアとしての言語を活用しない手はないことです。ネット上にレッスン動画が多く存在しています。また、タブレットを使い対象者を動画撮影し、その場所で2つの動画を見較べながらコーチングすることです。

 この講座での私の立ち位置は、純粋に学問的な議論は難しいですが、ここで得た知見を、個人的なコミュニケーション活動に活かしていきたいと思います。また、現在という最先端を面白がりながら、「言語論」的にも変化していこうと思っています。 ありがとうございました。とても刺激的な講座でした。

posted by トモ兄 at 07:34| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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