2019年07月27日

今日の予定は、まず右肩に湿布を貼る

 久しぶりに自分自身の卓球練習をした。お互いに練習パートナーと球出しをし、シンプルにドライブとかスマッシュをした。途中でへばる。練習後、別の仲間から急にそんな練習をして(体は)大丈夫かといわれた。もちろん大丈夫ではない。
 それから、久しぶりにいつもの店で、みんなと酒を飲んで、ラーメン屋にも寄った。

 今朝は、予定通り右肩に湿布を貼る。

 まず、昨日のブログを見直すと、映画とテレビ番組を計5本紹介したが、6本目(情熱大陸)と書いてたので5本目に訂正した。実はもっと見ていた。たとえば、木村伊兵衛、植田正治、藤井秀樹、森山大道、フォトグラファーズ・イン・ニューヨークなどなど。 



 こんなにフォトグラファーの映画や動画があるとは知らなかった。それだけではなく、ある芸術家の制作過程を紹介する動画も覗いた。今更がインターネットは凄い。

 僕はカメラマンではない。デザイン専門学校時代に、カメラ専門学校の友人がいた。彼のアパートで現像し紙焼きして貰ったことをよく覚えている。その彼は原宿スタジオでスタジオマンをしライティングを覚えていたが、断念した。

 僕はデザインスタジオに入社してから、少しずつ撮影する機会も増えてきた。長崎出身のカメラマンにとても可愛がってもらい、デザイン事務所も紹介された。また別のカメラマンと旅行に行ったこともあった。カメラマンはデザイナーと違った個性というかくせが強い人が多く、そこがほんと面白かった。

 最も仕事を多くしたカメラマン(スタジオ)は、今はないが早崎スタジオで、下高井戸のスタジオに1カ月間通いカタログ用の撮影や、飯倉片町のスタジオでも撮影した。当時そこのビルには、確か1階にユニセフの事務所があり、国際児童年のポスター制作を手伝っていた頃で、初めてそのポスターが貼ってあるのを見た。

 また、元デザインセンターのカメラマンがいて、センターにいた頃、卓球クラブをつくったらしく、卓球をしたり酒も飲んだ。また、横浜大会だと思ったが、郭躍華を絵はがきにして送ってくれたこともよく覚えている。彼ともスタジオで教育関連のカタログ用の撮影を行った。早崎スタジオでもそうだったが、あとの制作作業はアシスタントに指示し、撮影終了後ほぼ毎日、クライアントや広告代理店(カメラ部)の担当者に飲みに連れて行かれた。そんな時代があったことを思い出した。今考えると信じられないが、撮影のことやいろんなことを学ぶことができ、しかも酒代を払った覚えがなく、ほんとラッキーで面白かった。最近の子を見ていると、そんな関係(飲みニケーション)を嫌うようだ。学びは全てネットで行うのだろうか、しょうもないヤツがいることも確かだが、もったいないような感じもする。

 先日ブログにアップしたことは、「好きなことを探索し自立」というテーマで書いた。ほとんどの人が個人事業主なので、活躍している人たちは、自分自身のマーケットを構築した人たちということになる。特に著名な人でなくても、誰もが同様なことを試みている。とにかく好きなことで自立することは、面白さもあるがとても危険で厳しいと実感する。

 今は、撮影に立ち会うことはなくなったが、
 それなりに、頑張っている。
 もう一踏ん張りなのだ(^_-)-☆ファイト!

 
posted by トモ兄 at 13:06| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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