2019年09月07日

今日はのんびりと

 昨日は無事に3ページを印刷入稿し、それから別件のラフを制作。昨日のスケジュール表を見ると、制作時間の合計は12時間30分。睡眠時間は3時間だった。終わり次第カレンダーを引き続き、制作しようと思っていたが、そんなエネルギーは残っていなかった。印刷入稿が終わった瞬間の開放感は、疲れを誘発した。どんなときもどんなときも、卓球&飲みニケーションには参加したが、最近は難しくなった。

 今朝もまだ気持ちが乗らない。なので、久しぶりに舎人公園へ、約1時間ほど散歩に出掛けた。その時の写真。

テント1.JPG テント2.JPG


 今日は東京の地酒を紹介するイベントのようだ。その地酒のテントの周辺に、食器などの焼き物、焼き鳥、お好み焼き、たこ焼き屋などのテントがあった。

 今日は走るつもりはなかったので、まずは舎人マウンドを目指し、すぐそばの休憩出来るお店で、いつものようにアイスクリーム食べた。下ってから、昼食用の広島風お好み焼きを買った。流石に昼から日本酒は飲めなかった。

 ブログを書き始めて分かったことだが、書きたいことがあり、書けないと気分が優れない。いま二つのテーマがある。

 一つは、急遽決まった号外版(特別バージョン)で、お手伝いした制作物をブログに載せたいと思っていること。この件については、担当者の方に承諾を得、購読者に届く月曜日にブログアップを予定している。

 しかし、何を書こうかと思ったのか忘れてしまった。この画像をクリックすると、展示会のネットのページへアクセス出来るようにする。とりあえず決めていることはその2点だけ。

 二つ目は、「教養としての言語論:言語は私たちをまやかし生きにくくさせる」の再受講について。再受講することは明確な理由がある。ここで学んだことを、今起こっていることで考えてみる。つまり、一つの判断材料にすること。

 たとえば、まだ考えがまとまらないが、「アメリカ ファースト」というスローガンは、ダブルスピーク(死亡したときに下りる保険は死亡保険。しかし名称は生命保険で、ダブルスピークとは正反対であったり、大きく意味が乖離する言葉)ではないか。

 突然、金子みすずの大漁の詩が浮かんできた。

 朝焼け小焼だ、 大漁だ
 大羽鰮(おおばいわし)の 大漁だ。

 浜は祭りの ようだけど、

 海のなかでは 何万の、
 鰮(いわし)のとむらい するだろう。


 つまり、「アメリカ ファースト」というスローガンとは大漁の実現でお祭り騒ぎなのだ。そこには搾取されたものたちへの考慮がまったくないと言うよりも、「アメリカ ファースト」を何回も連呼されることによって、もう一つの正反対の状況の意味を取り除き考えさせない。とてもスマートで手が込んでいて恐ろしく狡猾だ。だから、私たちをまやかす。

 コノテーション(たとえば、やばいという言葉は、話し手や聞き手の様々な条件や状況によってその意味が変わる。危ないとか、はたまた素晴らしいなど様々な意味になる)のいきすぎたダブルスピークは、現実に多く存在するようだ。

 「教養としての言語論:言語は私たちをまやかし生きにくくさせる」は、自分自身の考え方に、もう一つの判断材をプラスし、生きやすくすることに役立つと思う。

posted by トモ兄 at 16:48| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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