2019年10月16日

ちょっと脳天気な話 帰崎顛末記_3

 孔子廟から5分も歩けば中華料理 四海樓(しかいろう)に着く。ここで「ちゃんぽん」を食べようと思った。「ちゃんぽん」とは、もともと中華料理店『四海樓』の創業者がお腹をすかせた中国人留学生のために作っていたのが、あまりのおいしさで評判を呼び、たちまち長崎を代表する麺料理になったという味な歴史をもつ。ところが、丁度休憩時間で17:00から営業を始める。

 それまで待てないので、大浦天主堂に行くことにした。四海樓(しかいろう)から5分も歩けば着く。何回も見ているので、大浦天主堂の左側の道を初めて歩くことにした。1分もしないうちにこんな案合板があった。これまた和華蘭のゾーンとなる。こんな場所が、長崎には至る所にあるのではないだろうか。前回は和華蘭を言葉の意味で捉えたが、和華蘭はもっと広い意味で長崎独特の文化とも捉えられている。

 まずは案内板の写真を

祈りの三角ゾーン看板.jpg


 ここを地元では「祈りの三角ゾーン」とも呼ばれている。ほんとに?実は僕は大浦生まれで地元なのだ。この「祈りの三角ゾーン」を初めて知り、ビックリ。ほんとに長崎出身者の長崎観光になった。振り返ると確かに。


祈りの三角ゾーン.jpg


 左に大浦諏訪神社(神様)、真ん中に大浦天主堂(イエス様)、右に妙行寺(仏様)。全国的にも珍しい長崎ならではの不思議な空間だそうだ。

 それから、手前への方へ歩き始め、左に坂道があり降りると、帰崎顛末記_2の親戚の子の話のスタート地点の、川(のよう入り江)を挟んだ向かい側の場所にいた。まさか、こんな所に大浦天主堂へ行く裏道があるとは初めて知った。やはり初めての道、小さな路地、裏道を歩いたりすると、意外な発見があったりする。
 昔旅行のキャンペーンで「Discover Japan=日本の再発見)があった。ネガティブには自分自身を非日常の空間に置きながら、実は自分の再発見でもあったりする旅行のキャンペーン。
 正にそんなことを、長崎出身者でありながら知らない道を歩くとことで実感した。


 この日は長崎最終日で、9時にホテルをチェックアウト。
 まず、出島を見学。橋を渡ると鎖国時代へタイムトリップ。

出島_1.jpg 出島_2.jpg

出島_4.jpg 出島_3.jpg


 それから、稲佐山に向かいロープーウェイで山頂に登った。ここからの風景は360°の大パノラマ。素晴らしいの一言。ちなみに稲佐山は標高333m。東京タワーと同じ高さだ。

稲佐山_2.jpg 稲佐山_1.jpg

稲佐山_3.jpg 稲佐山_4.jpg

稲佐山_5.jpg 稲佐山_6.jpg



 長崎駅で姉と落ち合い、墓参り。何十年ぶりだろうか、それすら思い出せない。姉と昔話をして長崎駅で別れた。帰りは遅い航空チケットを取っていたので、最初の話に戻るが、親戚のこの家を訪ねた。ループのような散歩を何度か繰り返した。

 ちょっと脳天気な話とタイトルを付けたのは、12日出発だと飛行機も新幹線も運休。なので早割の切符をキャンセル。当日の新幹線自由席で11日出発することにした。ギリギリで新幹線に乗車できた。長崎到着時間は10分遅れで、深夜0時を回っていた。1日目は前日ネットで予約したカプセルホテル泊。
 長崎に到着してもテレビで、台風の被害状況やラグビーは見ていた。またかみさんにも連絡を取っていた。もうたびたびは帰れないと分かっている。長崎は天気がよかったのでほんとよく歩いた。卓球部の同窓生とも飲みニケーション。食事も中華料理とトルコライスも堪能した。またブランド化を計画しているようだった長崎ミルクセーキも味わった。

 本州では最悪の大型台風で、とんでもないことになっていることは把握していたが、ちょっと脳天気だと思いながら、このブログを書いている。

 東京羽田は雨が降っていた。自宅に到着したのは深夜の0時。3泊4日の旅は無事終了した。

posted by トモ兄 at 11:17| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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