2019年10月19日

ちょっと脳天気な話 帰崎顛末記_7(おわりに)

  今回の帰崎は面白かったの一言に尽きる。つくづく思ったことがある、楽して面白いことはない。

 11日東京駅で、新幹線当日切符売り場で約1時間並んだ。それからお土産を購入。駅構内に入り自由席のホームに行くと長蛇の列。話を聞くと1本前の新幹線の列だった。ところが、その列の人たちはその新幹線に乗れなかった。僕の2メートル前で切れた。またその列は3方に別れていて、もうぐしゃぐしゃだった。乗れなかった人たちが、僕も含めて次の新幹線に乗車できた。また乗れない人たちも大勢いた。

 新幹線は朝の山手線状態で、僕は出入り口付近のデッキにいて、しかも足元には大きめの旅行バッグが置かれ、全く身動きができなかった。そんな状態が続き、やっと広島で座れた。約10分遅れで博多駅に到着。またギリギリセーフで特急かもめに乗車。すぐに電車は発車。長崎駅着は深夜の0時だった。

 始め良ければ終わり良しと言うが、始めは最悪だった。
 待てよ、ラッキーだとも言えないことはない。

 もしスケジュールのスタートが30分遅れていたら、東京駅で目の前の新幹線を見送る羽目になっていた。

 帰崎の目的だった、兄の見舞い。2カ所の墓参り。卓球部同窓生会。全て行った。ところが、にわか唐人屋敷・丸山の解説者になってしまったが、当初そんな計画はなかった。それだけでなく、思案橋・銅座・中島川も散策。稲佐山にも登った。ホテルで寝ている以外はほとんど、カメラを持って歩き回った。

新地中華街.jpg

 ホテルは食事を付けず、全て外で取った。
 1日目の夕食は義姉からご馳走になり、甥夫婦とも久しぶりに合い楽しかった。場所は新地中華街の江山楼で中華料理はほんと美味しかった。

ツル茶ん.jpg

 また、トルコライスは「ツル茶ん」でいただいた。「ツル茶ん」はなんと、創業大正14年(1925年)!九州最古の喫茶店と言われている。また、看板の右側に孫文先生故縁の地の碑があります。調べてみると...(孫文(1866〜1825)は、中国革命の父と呼ばれ、清朝を打倒、中華民国を建国しました。長崎を9回訪れていますが、決まって訪れたのが鈴木天眼(1867〜1926)の東洋日の出新聞社があったこの地でした。
 鈴木天眼は会津藩士の家に生まれ、東洋日の出新聞を創刊したほか、孫文の革命運動を支援しました。同新聞は明治35(1902)年に創刊、昭和9(1934)年まで発行されましたが、発行名義人は富田常雄の小説「姿三四郎」のモデル西郷四郎(1867〜1922)でした。)だそうです。

客船.jpg

 また、松が枝国際観光船ふ頭に停泊中の大型観光船も撮影。調べてみると、コスタ・セレーナ(イタリア)で、前港は上海、次港はウラジオストク。10月のクルーズ客船入港状況は23船。これもまた長崎ならではでしょうか。僕が言うのもなんですが、あまりにも長崎は見どころが多すぎ(^_^)

 とにかくよく歩いた、長崎出身者のにわか解説。
 つづく...

 
posted by トモ兄 at 10:38| 東京 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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