2019年11月02日

やっと普通に戻った感(人生行路)_1

 「教養としての言語論」を受講し、またその担当講師著の「自分を肯定して生きる プラグマティックな生き方入門」を読み、その講座のディスカッションに投稿した。
 その感想文で、ちゃっかりしているというか(←様々な問題を解決するために、変わり身の早さをポジティブに捉える)『プラグマティックな生き方をやらない手はないですね。』と最後にまとめた。

 おそらく間違いないと思うのですが、帰崎もこれから話す住宅ローン問題についても、この先生の教えに、背中を押された感じがします。(もう1人先生と思い込んでいる人がいるのですが、共通していることは、いいきっかけを与え、その後は自分自身で努力し実践すること...ということ)
 
 しかし、人生行路って古い。初めて使う言葉で、なぜか浮かんだ。あとから調べると、句例に波瀾に富む人生行路をたどる。教養がない僕にとって、この波瀾の波が目立って見え、人生行路が船舶などの航路に見えてきた。そうすると、これからの話にちょうどいいメタファーになると思った。

 まずは再度投稿になりますが、前置きです。

 プラグマティズムが興味ない理想論と問題点

 プラグマティズムのキーワードは「役に立つ」こと。ノイラートの船に乗り合わせた人は、海上で故障した船で理想論や悲観論を語っても無意味で、船が沈むようなことがあれば元も子もありません。もし嵐の状況だったら、それこそ呉越同舟です。船が出港してしまうと、つねに見るべきは現実で理想からの譲歩です。ネガティブに捉えると、問題点は現実との「妥協の産物」ということになると思います。
 つまり、プラグマティズムとは、「役に立つ」=「妥協の産物」です。ところが、理想と現実はかけ離れていても、ポジティブに「役に立つ」=「妥協の産物」という改善を繰り返すことで、理想とした状態にたどり着けるのかもしれません。プラグマティズムにとって、理想と現実は乖離する関係だけでなく、延長線上にある不思議な関係です。このことは、頭の中の出来事に留め置かないで実践し体験したいですね。今考えられるもう一つの問題点は、とある問題を解決する場合、これまでに培ってきた経験や考え方と、どうやって折り合いを付けていくかです。
 『教養としての言語論:言語は私たちをまやかし生きにくくさせる言語論』の根底に流れている哲学が、プラグマティズムであることを知りました。感想になってしまいますが、とてもよい学びができたことに感謝いたします。プラグマティックな生き方をやらない手はないですね。

 住宅ローン問題につづく...

posted by トモ兄 at 07:24| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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