2020年01月13日

ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ

 ミネルヴァのフクロウに刺激され、コーチングについて考えてみたい。とても高尚な考えに触れると、畏れ多くて余計な思考が停止してしまうことが多い。それは、できるだけ記憶に留めようとしているに違いない。しかし、僕にはそんな興味はない。とても難しい作業になるが、その考え方を僕の日常ベースに落とし込めないかと考える。つまり、高尚な考えやそうでもなくても、僕の中でどんな変化が起こるかだ。もし有意義でなければ記憶に何も残らない。とはいっても、実際には混乱することが多く、そんな簡単にいくはずがない。

 ミネルヴァのフクロウ(ピンポン)は、ヘボコーチの方法を思考する場合に役立つかもしれない。その結論は、コーチと選手との関係性で、今がいつも最も新しいく、「今、ここ」でできることを確実に練習し、少しずつでも理想の状態に高めていくこと。ただし、僕には選手の未来をコントロールできる能力はない。できることは、様々な卓球技術の動画を集め、パフォーマンスを向上させるためのチョイスの幅を増やすこと。また、今と約6カ月後のその選手の動画を撮り、パフォーマンスが向上したかをその動画で評価・確認すること。もう言ってしまったのでやるしかない。

 まずは、報道番組で聞いた「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ」の話を紹介する。それは世界が注視しているアメリカとイランの関係で、報復の応酬のネガティブなスパイラルが回り始めていて、その先に第3次世界大戦という最悪なシナリオである、究極の事態をイメージさせながら、番組エンド、いきなり何の説明もなく「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ」のスーパーインポーズが流れた。

 おそらく、この究極の状況を夕暮れ時(1日の終わり、世界の終わり)に喩え、そんな時に知恵の象徴であるミネルヴァのフクロウが現れる。つまり、人類の破滅にも繋がりかねない前夜。だから、この危機を救うために知恵が現れる。そんな感じだろうか。この解釈はおそらく誤訳だと思うが、この状況に期待を含めたものだと思った。

 ミネルヴァとは知恵の女神であり、ギリシア神話におけるアテネと同一で、フクロウは女神の使者。つまり知恵の象徴です。「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ」をそのまま比喩として受け取ると、1日の終わりである黄昏時の夕方に、知恵を授けるという意味に捉えることができそうだ。

 ところが、そういう意味ではないようです。

 知恵や知識は、理論化し、体系化するためには、時間が必要で、しかも成熟した考え方は随分遅れてしまう。
 だから、「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ」は逆説的で、『新たな知恵の到来を告げる』ようなもではない。

 残念ながら、ヘーゲルの哲学について何の知識ももっていませんが、gaccoの教養としての言語論:言語は私たちをまやかし生きにくくの講座の、1-1.ヘーゲルの気づきと嘆きで、担当講師である山中司先生より学習した。

 先生によると

 “現実こそ最先端であり、

 最も面白い現場です。

 しかしその「現実」を

 ミネルヴァバの梟は理解できません。”



 フクロウ(ヘボコーチとピンポン)の関係を結びにまとめようと思いましたが、またの機会にします。

posted by トモ兄 at 12:38| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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