2020年03月15日

前途多難な週がスタートかも_5

 はじめは、「14:30 東京は雪 その日開花宣言」で書き始めたが、途中で全く内容が変わってしまった。よくあることで、書きながら考えている。若干のテーマはあったが、結局、宿題や課題を頑張ろうということになった。

 『前途多難な週がスタートかも』のタイトルで書き始めたのは3月9日(月)で、ラフ提出や原稿入稿でトラブルがあった。それだけでなく、こんなこともあった。

その日の朝、ほとんど頭が回っていなく、

「水ぬるむ頃や女のわたし守」 与謝 蕪村

 の解釈と言うよりも単に読み方を間違えて、意味不明になり、その解釈をネットで検索し、余計混乱した。

 例えば、水がぬるむ頃(仲春)になると、水草は成長し、水に棲む生きものは活発に動き始めるというものだった。
 どうしてこんな解釈ができるのだろう。

 「女のわたし守」と単純に読めば良かったものの、まさか女性の渡し船の船頭さんがいると思わなかったので、「女の私守」と読んでしまった。そんな言葉は知らなく、自分の中で訂正する迄に1時間掛かってしまった。ほんと馬鹿で、月曜日のスタートはもう最悪だった。

 ヘッセの『シダルータ』という小説は、解脱は日常生活でも体験できるというテーマだと思うが、わたし守がお客を対岸に送り届け、1人引き返すときに解脱のきっかっけになることが起きる。そのシーンが感動的で、そのシーンを読みたいがために何度も『シダルータ』を読んだ。しかも、今度は違う訳の本も購入して、どんなに違うのだろうと思っている。
 だから、男性のわたし(渡し)守のイメージはあったが、女性のイメージはなかった。
 もしかすると、この句は単に観察だけではなく、作者は意図的に「水温む頃」と「女の渡し守」を組み合わせたのか。僕にはとても違和感があったが、おそらく「男の渡し守」よりも「女の渡し守」の方が、春ののどかさが伝わってくる。解釈は元々読者に許されているので否定はできないが、水草は成長し、水に棲む生きものは... までは想像できなかった。

 先週はほんと疲れいて、3日間で映画を7本見て余計疲れてしまったと書いたが、実はもっと見ていた。NHKオンデマンドで、「プロフェッショナル 仕事の流儀」や「100分de名著」も見ていた。

 先週はほとんど体力がなくなっていて、課題のレポートや宿題を行う気力がなくなっていたが、何か参考になればと思った。

 その宿題を今日いまから行う。課題のレポートにも挑戦。

 まだ何もできていないが、宿題と課題には共通項がある。それは問題点を発見し目指すゴールを明確にすること。それから、目的を達成するために独り作戦会議を開く。さてどうしよう...

 以前にも書いたが、
 ほんと困ったもので何でもギリギリになる

posted by トモ兄 at 11:51| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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