2020年07月19日

日曜日はノンビリと、新型コロナウイルスのことを考える

 昨日は中間見積もりを書いた。月末の週を「特訓の日」と呼んでいるが、その週は制作物の印刷入稿と見積もりや請求書発行が重なる。そのために、その重複を少なくするため、見積もりや請求書でできることを事前に行う。だから、月の中間の週の土曜日を使ってまとめる。

 以前だったら、土.日曜日は卓球&飲みニケーションだった。もしくは試合を入れていた。当然だが、試合後の飲みニケーションは楽しいに決まっているが、今はそんな意欲がでない。東京では、新型コロナウイルス感染が恐ろしいほど拡大してきたが、発表されている感染者数よりも、実数はそのデータの10倍が現実だろうと、様々な専門家の人たちが口を揃える。よく聞く話だと思うが、ここに来て、実際には20倍だろうという話も聞いた。

 あぁ、もう最悪だ。都は自分自身の安全は、「自分自身で身の安全を守る」ことを強調する。都の対策はあまりにも遅すぎるように思える。だからその内に、感染者数が信じられないほどの拡大を見せると、おそらく、感染対策の責任者たちは責任の転嫁が始まるだろう。どうして、都は新宿区民にPCR検査を実施できないのだろう。つまり、感染者はホテルで待機や病院で治療し、感染していない人たちは通常の経済活動を行う。だから、都民の責任能力に頼ることだけではなく、見えない感染者、発症してしまった感染者を見える化することで、感染問題と経済活動問題を区分し安全安心を確保するべきだ。
 
 ほんと余計な話ですが、感染対策担当者には、胸にSDGsのバッジを付けている人も多いと思うのですが、なぜ、問題解決のアプローチで、『バックキャスティング』の方法をとらなかったのだろう。
 『バックキャスティング』は、理想の未来の姿を実際にイメージし、未来から逆算しながら具体的なアクションを起こし、問題解決するスタイルだ。ところが、従来の改善を積み重ねる方法の「フォアキャスティング」では、様々な成功や失敗を重ねながら、これまでの活動の延長線上にある改善策を一つずつ積み上げていく考え方で、達成するまでに時間が掛かる。つまり、問題解決スピードは感染スピードに追い越されてしまう。

 遅すぎると、市中感染が広がってしまい、治療薬やワクチンが開発されるまでは、手を付けられない状況になる。

 新型コロナウイルス感染回避は、もちろん身の安全は自分自身でできる限り努力するが、ちょっと楽天的な気持ちにもなっている。
 それは、ウイルスは変容するとよく聞くが、問題は毒性の高低が問題で、日本?でのウイルスの変容は毒性が低くなっているらしい。だから致死率が低い。但し、新型コロナウイルスが治っても厳しい後遺症が残る。そのな情報がよく聞かれるようになった。そうか、まだまだ楽天的な気持ちになることは危険だな。

 結論は、どうしていいのか分からないが、
 自分自身で、自分自身の移動と接触機会の制限しかない。

基本的生活様式.png

 GoToキャンペーンを使って、温泉に行きたかったな。
 ファイトでなくて、我慢、我慢、ガンバ!
 いつまで、我慢を強いられるのだろう。
 もしかして、それが「新しい生活用式」?

posted by トモ兄 at 14:13| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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