2020年08月10日

8月は望郷の念

 8月5日(14.8.7)、6日(14.8.8)
ラジオ深夜便 午前1時台 
【深夜便アーカイブス】<唯一の被爆国として>
「医師父子2代、被爆者に寄り添う」
恵の丘長崎原爆ホーム診療所長 朝長万左男さんのインタビューを聴き、ネットでも検索してみた。
 2009年日本赤十字社長崎原爆病院院長。14年より純心聖母会恵みの丘長崎原爆ホーム診療所所長とあり、病院も検索。

 ラジオ深夜便の内容とは関係ない話になるが、中学の同級生、同校卓球部員で僕とライバルだったT君が、令和2年4月1日、日本赤十字社長崎原爆病院の院長に就任していた。卓球ばっかりやっていた僕たちとはだいぶ違って、彼は既にお医者さんになる夢があり、成績は常にトップクラスだった。素晴らしいとしか言いようがない。また、中学の同級生、同校卓球部員のN君は、中学生の長崎大会でシングルスのチャンピオンに。別のT君は、高校生になって長崎大会でシングルスのチャンピオンになった。

 8月8日は、食後にプライム・ビデオで『ナイトミュージアム』を見た。
 ストーリーは、博物館の展示物が生き返る時空を超えた奇想天外な物語。あり得ないが、恐竜の骨や動物のはく製、太古の彫刻、ジオラマや人形が、夜のとばりが降りると、これらは生命を宿らせ、館内狭しと動き出す。主人公である、バツイチの失業男ラリーは自然史博物館で夜警の仕事の初日、唖然・呆然とするばかりだった。

 この映画の発想力は素晴らしい。もしかすると、やり残したことや怨念やらであり得るかも。そんな訳ない。

 長崎原爆資料館と広島平和記念資料館を見学して思うことは、将来核廃絶の実現が達成されたとき、世界へ原爆の悲惨さを訴える続ける展示物は、やっと役目を終え、成仏できるのではないかと考えてしまった。

 長崎に原爆投下された前日に『ナイトミュージアム』を見たことが影響したのか。つまり、実は生々しく情報を発信し訴求している。以前にも書いたが、討論番組でアメリカがナガサキ以降に、2度原爆投下を検討されたらしいと話があった。
 勿論中止された。その理由の1つに、検討したメンバーの中に原爆資料館を見学し人がいて、人類は2度と同じ過ちを犯してはならないと実感した。
 だから、原爆資料館は核抑止力になった。

 昨日は夕方まで仕事をし、夕食後ブログを書き始めた。
 やはり、この時期になると長崎のことを思い出す。

posted by トモ兄 at 01:06| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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