2008年01月09日

■50歳の読書

最近、読書は運動と俳句関連の本を楽しんでいます。

運動の本は、どうして複雑な動きが無意識にできるのだろう。というシンプルな疑問がきっかけになった。
俳句の本は、どうしてなのか明確な理由は分からないが、たぶん年齢からなのか、それとも複雑なことを無駄なく575の文字数でまとめることによって、より豊かなイメージが生まれる。そんなことからなのかと思っている。

運動系と文系は全く関連がない。ところが、あとから共通項に気がついた。
それは、人の運動も言葉も複雑で豊かな自由度をもっているが、その自由度に制限をかけることで、より豊かなイメージを構築できることだった。

不思議だが、事実のようだ。

たとえば、運動を野球で考えれば分かりやすい。バットでボールを打つとき、練習によって無駄のないシャープなフォームづくりができる。つまり、運動のもつ複雑で自由度の高い動きを整理し、効率的な動きを選択する。だから、自由度を制限することによって、より豊かな能力が生まれる。

俳句は多くの言葉を必要としない。文字数を17文字に制限することで、よりゆたかなイメージが生まれる。俳句は17文字の文学だともいわれる。

読書とは、自分自身の世界観を拡大することに役立つ。
その一つとして、
自由度を制限することで、より豊になることを学んだ。
だから、読書によって多くの気づきや発見ができたら、

きっと、50歳から人生の黄金期なのだ。
ラベル:自由度の制限
posted by トモ兄 at 18:44| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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