2018年05月26日

『デザイナー・田中一光にとっての琳派』の講演を受講して

 『風神雷神図屏風』の展示はなかったが、話の入り口辺りで、宗達・光琳の『風神雷神図屏風』で最も違うところは?という質問があった。僕は出光美術館で、宗達・光琳・抱一の『風神雷神図屏風』を見ている。また、図録で風神雷神の細部を見比べる徹底解剖も見ていて、雲や顔の感じかなと考えた。

 ところが、山下裕二先生の答えは、光琳は宗達の風神雷神をかなり正確に模写しているが、雷神像の連鼓(Drums)の天の部分が切れているのが宗達で、切れていないのが光琳の雷神像。
 なぜ宗達は連鼓を切って描いたのだろう。謎だそうだ。 
 見ていたはずだった連鼓は、思い浮かばなかった。

 琳派を専門に見ている訳ではないが、ブログを見ながら琳派の展覧会へ行った回数を数えてみると4回あった。
 
2006年9月9日(土)〜10月1日(日)
国宝 風神雷神図屏風 
―宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造―
出光美術館

宗達☆・光琳*・抱一の国宝『風神雷神図屏風』を初めて
見た。☆は国宝(宗達)、*は重要文化財(光琳)


2008年7月8日(火)〜8月17日(日)
創刊記念『國華』120周年・朝日新聞130周年 
特別展「対決−巨匠たちの日本美術」 宗達vs光琳 
東京国立博物館 平成館 (上野公園)

2008年10月7日(火)〜11月16日(日)
尾形光琳生誕350周年記念
「大琳派展」ー継承と変奏ー
東京国立博物館・平成館(上野公園)

2018年5月12日(土)〜7月8日(日)
【特別展】琳派 ―俵屋宗達から田中一光へ―
山種美術館

2018年5月20日[日]14:00〜15:30
『デザイナー・田中一光にとっての琳派』
講師:山下裕二先生
國學院大學 学術メディアセンター(AMC) 常磐松ホール


 山下裕二先生の講演を初めて受講した。
この講演はほんと面白かった。たとえば、宗達をカットアンドペーストの(名人?)だとかいっていた。そのままだと単なる盗作だ。ところが、これが凄い。大胆で別次元の作品に仕上げてしまった。

 あまりにもポピュラーになってしまった、日本画の流派で「琳派」は俵屋宗達から始まり、私淑(間接的に先人を学び慕うこと)によって尾形光琳に受け継がれ、酒井抱一によって、宗達から光琳周辺までを系譜づけられた。

 このとき抱一は「尾形流」と名付けたが、近代に入ると「光琳派」と呼び方が変わり、それを略して「琳派」が最終的に定着したそうだ。つまり、抱一は江戸琳派として継承しただけでなく、「琳派」という呼称の定着にも大きく貢献した。

 そして、なぜ田中一光が「琳派」を継承した作家(デザイナー)なのか。田中一光の作品で、宗達や光琳の作品からモティーフを直接引用しデザイン処理を施したことを紹介。つまり、この行為は琳派の作家たちが古典を引用したように、一光も時代を超えて琳派に私淑した。
 そして、山下裕二先生曰わく(後から気付いたそうだ)、一光さんの名前には「抱一の一」と「光琳の光」が入っていて、何をか言わんや間違いなく「琳派」だ!!オイオイと思いながら、なんてユーモアーのある先生だろうと思った。

 また、私淑でなく、山下裕二先生ご自身の師弟関係の紹介もあった。血縁関係ではないがたとえると、祖父が、宗達、光琳研究の第一人者だった、故山根有三先生。父が「奇想の画家たち」として再評価をうながし、若冲ブームの立役者の辻惟雄先生。

 もちろん、僕は生誕300年記念 若冲展も見た。
2016年4月22日(金)〜5月24日(火)
生誕300年記念 若冲展
東京都美術館 


 子に当たるのが、山下裕二先生というこになる。

 次の展覧会は、確か「奇想の系譜」といったような?
 近々、展覧会の告知があるそうだ。

 おそらく、展示される作品は、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳の作品だと推測する。この展覧会は、若冲展のように間違いなく混み合う。あの3〜6時間待ちだけは勘弁して欲しいものだ。

 次の展覧会はいつなのか分からないが、
 楽しみにして待ちたい。
posted by トモ兄 at 01:21| 東京 ☀| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月06日

昨日も広尾でお花見_2

 4月4日水曜日、山種美術館に10時30分到着。午前10時から開館なので人は少ないと思っていた。ところが意外に多かった。やはり桜は好きだよねと思いながら、展示スペースをまわり始めた。展覧会とはあまり関係ない話だが、上野の美術館とは観覧者の感じが違う。広尾だからだろうか。いったい何を見にいってんだろう。

 展示テーマは3つの章に分けられていて、第1章 名所の桜では、桜を主題とた名所絵や風景画など。第2章 桜を愛でるでは、桜を愛でる人々を描いた物語絵や風俗画など。第3章 桜を描くでは、桜に対する画家それぞれの思いが表現されていて、特に夜桜は幻想的で画家の個性や美意識が反映されている。展示物は大作もあったが、なぜか小さな作品が印象に残り、速水御舟の《夜桜》には吸い寄せられてしまう不思議な魅力があった。

 観覧時間内で、1周目は各作品の説明を読みながら回った。3周目に入ると、主品作品リストに好きな作品をマークした。初めて見る作品も多かったが、下記の作品が特に印象に残った。

第1章 名所の桜 
石田武《千鳥ヶ淵》山種美術館
第3章 桜を描く
堂本 印象《桜》山種美術館
渡辺 省亭《桜に雀》山種美術館

菊池芳文 《花鳥十二ヶ月》のうち「3月」山種美術館
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速水御舟《夜桜》山種美術館
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 約2時間の観覧時間だったが、江戸から現代までの名だたる画家が描いた約60点の作品で、華やかに咲き競う桜の花々を堪能した。そして、十分すぎるほど花見を楽しんだ。ほんと楽しいひとときだった。

 また次回の展覧会が気になる。
 【特別展】琳派一俵屋宗達から田中一光へ一

P.S.4月になり様々な花見を楽しんだ。公園で桜を愛でた。二人だけの花見を楽しんだ。美術館でお花見も楽しんだ。それぞれが、新しい新鮮な体験だった。感謝

posted by トモ兄 at 02:44| 東京 ☁| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月21日

それから、広河隆一 写真展へ




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 広河隆一氏はフォトジャーナリストで、人間の生存と尊厳が脅かされている場所を「人間の戦場」と呼び、そうした場所で生きる子どもたちの悲しみと喜びの姿を写してきたそうです。
 今回の写真展はパレスチナ・イラク・アフガン・チェルノブイリ・福島などの子どもたちを中心とした約100点の写真が展示してありました。

 その中の1点

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 キャプション シャティーラ難民キャンプの虐殺事件で、瓦礫に叩きつけられるようにして殺されていたパレスチナの幼児。瓦礫の下には両親と思われる遺体が埋まっていた。
ベイルート、レバノン。1982年

 36年前の虐殺事件で、1982年9月16日から18日まで、西ベイルートに侵攻したイスラエル軍が近郊のパレスチナ人難民キャンプを包囲・監視する中で、キリスト教マロン派であるファランジストの私兵集団が、キャンプ内のパレスチナ人民間人1800人以上を虐殺した。ただし、正確な犠牲者数は、今も不明だそうだ。

 この写真はあまりにも強烈だった。なぜこんなことがあったのかを僕なりに調べてみた。しかし、複雑すぎて理解ができない。長い長い時間の中で負のスパイラルが回っていて、その中の一瞬である3日間の虐殺。しかし、あまりにもむごすぎるし、なぜ人は無差別にしかも子どもを虐殺できるのか。

 フォトジャーナリストである広河隆一氏は、写真展 戦場の子どもたちのサイトのはじめに、こんなことを語っています。

 「加害者」は必ず被害を隠します。爆弾を落とした責任者は、その爆弾で子どもが殺されたことを隠そうとします。だからこそ、私たちは撮影した真実を守るために、「隠したい人」「加害者」と対峙しなければなりません。
 なぜならそれは人々が、本当には何が起こっているのかを「知る」という、私たちの権利を守ることと重なっているからです。 

 終わりにこんな言葉で結んでいます。

 そして、人々が「知る権利」を持っているのは、すべての人間に、「生きる権利」もっと言えば「健康に幸せに生きる権利」が備わっているからです。
 しかしその権利があらゆるところで踏みにじられているのが、この世界でもあるのです。

 この展覧会を観ての感想は、まず「加害者」にならないことだ。また「被害者」にならないためにも「知る権利」を守ること。
 そして、記録し忘れないことで、同じことを繰り返さないこと。

 簡単にいってしまったが、ほんとはとても難しい。

posted by トモ兄 at 18:39| 東京 ☁| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

フン詰まってしまって独り言

 桜を見ると、いろんなことを思い出すことは分かる。しかし、雪が降る屋外で電話を掛けている青年の写真を見て、古い記憶を思い出したことに理解ができなかった。どうしてなのか困ってしまい、フン詰まってしまった。つまり、何とかして強引に出してしまうか、意図的にスルー(忘れる)するのか。
 結局は、二つのイメージを関連づけようと思った。これって、たぶん独り言で感想文ではない。

 また、この写真展には困った問題があった。
 epSITEで、2018年3月16日(金)から4月12日(木)までの、モンゴル国の今を写真の力で伝える清水哲朗写真展『New Type』
 OLYMPUSのサイトの、インタビュー:2015年10月5日/公開日:2015年12月18日で、「モンゴルの現在を写真の力だけで伝える」がある。
 この二つのタイトルは似ていて、「だけ」のあるなしが気になる。強調なのか限定なのか。また、同様なことがモノクロ表現でもいえる。清水哲朗氏は色情報をなくすことで、伝えたい本質を見てもらいたいからです。とインタビューで答えている。写真の力だけで伝えるということは、キャプションがないことや色情報をなくすことで、閲覧者にバイアスを掛けないこと。いまのモンゴルの写真を観て、どうぞご自由に想像して下さいといっている。これって意外と迷惑な話なのだ。

 表現者は、閲覧者の様々な階層にある記憶を刺激しながら、目的地へ誘ってくれる。表現者と閲覧者がつながったとき、表現活動が完成する。
 ところが、モンゴルの知識や記憶はほとんどないのだ。手がかりになるのは、何とか理解できる道具なのか。道具はある種のシンボリック的な意味合いと、人の持つ機能の延長線上にあると捉えることもできるので、これって『New Type』?と考える。

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 epSITEで、お気に入りの写真は「屋外で電話を掛ける青年」だろうか。左側の青年はアンテナと電話機本体を持っていて、この中にSIMカードを差し込むみ電話をする。つまり仕組みは携帯電話そのものだそうだ。清水哲朗氏が初めてモンゴルへ行ったとき、奥地の方ではこのシステムはなかったそうだ。それから20年後、様変わりしたらしい。
 寒さは変わりなそうだが、確実に進化しているそうだ。
 実は、会場に清水哲朗氏がいらっしゃったので、直接尋ねて教えてもらった。後で気がついたのだが、なぜ「モンゴル」を撮影しつづけるのか?時は既におそし、山手線に乗車して『広河隆一 写真展』へ向かっていた。

 ぼくは電話を掛ける青年の写真を観て、昔の昔の記憶で、宮沢賢治の水彩画「月夜のでんしんばしら」を、なぜか思い出してしまった。自由に想像していいとしても全く意味不明。だから、困ってしまった。フン詰まってしまった。

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posted by トモ兄 at 12:09| 東京 🌁| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月17日

写真展を観に行こう

 今日の予定は、自宅を9:30に出発し新宿・池袋へ。帰宅してから映画を1本鑑賞。それから、食材を買い出しに。夕方から卓球練習に行く。という、土曜日だからできるようなスケジュール。

 新宿(epSITE)では、モンゴル国の今を写真の力で伝える清水哲朗写真展『New Type』
 池袋(東京芸術劇場)では、広河隆一 写真展 戦場の子どもたち 翻弄される命を見つめた50年の記録を観た。
 実は、銀座では、D'un jour à l'autre 巡りゆく日々 サラ ムーン写真展を観ようと思っていたが...

 感想は後日

posted by トモ兄 at 18:43| 東京 ☀| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

その場にいるって、凄くない

 3月11日に東京都写真美術館に行った。その時に展覧会のチラシが20種類ぐらあり、観たいものがあった。

 理由は、その場にいることの凄さ。おそらくカメラマンだと思うが、趣味の写真をこのブログで紹介し何度かやり取りする中で、いわれてみれば当たり前だが、その場所(撮影するロケーション)にいること、というコメントがあった。僕はその視点にハッとしてしまった。つまり、そこに住んでいる人と、時間と空間も共有していることになる。

 清水哲朗写真展『New Type』は、清水哲朗氏のライフワークである、モンゴルをとり続けて20余年だそうだ。
 『広河隆一 戦場の子どもたち』は、1967年に中東の取材を始めて以来、2017年で50年を迎えたそうだ。

 モノクロ写真という手法で、僕たちに何を伝えたいのだろう。
 必ずこの写真展に行ってみよう。
 それから、感想も書けたらと思っている。


モンゴル国の今を写真の力で伝える
清水哲朗写真展『New Type』を開催

開催日時:
2018年3月16日(金)〜4月12日(木)10:30〜18:30 (最終日は14:00まで)
日曜休館 祝日は開館
会場:エプソンイメージングギャラリー エプサイト(東京都新宿区西新宿2-1-1 新宿三井ビル1階)
入場料:無料
アーティストトークについて:
日時:2018年3月21日(水・祝)15時〜(約1時間)

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モンゴルの現在を写真の力だけで伝える 清水 哲朗



広河隆一 写真展 戦場の子どもたち
翻弄される命を見つめた50年の記録

パレスチナ・イラク・アフガニスタン・コンゴ・チェルノブイリ・福島
場所:東京芸術劇場 ギャラリー2 入場無料
期間:2018年3月8日(木)〜3月17日(土)※休館日3月12日(月)
時間:午前11:00〜午後20:00 ※初日12時から  最終日18:00まで
展示内容:パレスチナ・イラク・アフガン・チェルノブイリ・福島などの子どもたちを中心とした約100点の写真

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posted by トモ兄 at 23:59| 東京 ☀| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

映画『いぬむこいり』を観た

 昨日の活動計をスマホで確認すると、目標数値の8000歩と539カロリーを達成。ところが、スケジュールは思うようにいかないものだ。時間計算を間違えてしまった。

 ◎午前中はラフ構成を提出
 ◎午後は東京都写真美術館
  ・写真発祥地の原風景 長崎 2018.3.6(火)−5.6(日)
  ・いぬむこいり 2018.3.3(土)−3.30(金)
   公式ホームページ
 ◎夕方は卓球練習&飲みニケーション

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長崎チラシ.jpg いぬチラシ.jpg


 東京都写真美術館までドアツードアで1時間30分。到着は『いぬむこいり』の上映開始13時に間に合うように向かう。十分に『写真発祥地の原風景 長崎』と『いぬむこいり』を観れらると思ったが、上映時間が「衝撃の4時間」を見落としていて、『写真発祥地の原風景 長崎』を観る時間がなくなり諦めることにした。
 また、家に戻ったのが19時を過ぎていて、夕方からの卓球練習も諦めた。
 夕食をとってからすぐに寝てしまった。「衝撃の4時間」は長すぎる。ほんと疲れてしまった。少しは観る人のことを考えて欲しいものだ。迷惑なほんと面白い映画だった。

映画の感想につづく(ファイト)...
posted by トモ兄 at 11:03| 東京 ☁| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月06日

たまたま、青春俳句と長崎展と光画展の記事を発見

 朝のルーティン前、ソファーに座り読売新聞を床に置く。だらしない格好になるが、両太ももに頬杖をつきながら読むと、目を細めることなく老眼にはちょうど良い距離間になる。

 ニュースはネットで収集するようになったので、新聞で見出しは読むが、よほどのことがない限り記事を読まなくなった。たまたまだが、地域版で興味ある記事の見出しを発見したので、内容まで読んでしまった。

 朝の食事とルーティンを済ませてから、今度はネットで検索し調べてみた。

「青春俳句」
 第15回龍谷大学 青春俳句大賞
 中学生部門
 足裏にみずやはらかし立泳ぎ
 文学部部門
 海の青色鉛筆に無いと泣く
 
 この二句は各部門の最優秀賞で、ほんとみずみずしい感性だと思った。しかも、おじさんの感性も刺激してしまい、余計な個人的なことまでを思い出してしまった。

 「長崎展と光画展」
 東京都写真美術館
 写真発祥地の原風景 長崎
 久しぶりに、東京都写真美術館に行こうかなと考え始めている。ところが、長崎つながりだけでは今ひとつ心が動かない?
 そこで、東京都写真美術館サイトをもう少し覗くと、
 「いぬむこいり」という映画が上映されることを知った。

長崎チラシ.jpg いぬチラシ.jpg

 直感でも、この写真展と映画は面白いのか、そうでないのか分からない。また、どちらがついでに鑑賞するのか分からないが、東京都写真美術館へ行くことにした。

 写真展チラシの表面を見ると、僕のブログにアップした写真のことを思い出した。

僕にとって、立ち泳ぎとは
posted by トモ兄 at 12:46| 東京 ☁| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

夏読書_レンブラント_2

 レンブラントの作品に、なぜ自画像が多いのかという疑問を考える場合、トローニー(顔)と自画像、肖像画を把握する必要がありそうだ。

 また、オランダ美術のひとつの特徴して「細分化された絵画ジャンル」がある。
 歴史画(宗教画も含む)、肖像画、風俗画、風景画、静物画のジャンルがあり、レンブラントは「歴史画」を目指していたが、肖像画の領域でも注文が多くなった。また、それだけでなく不思議な感じがするが、自画像という領域の需要があったようだ。

 トローニー(顔)と自画像の違いはややっこしいが、レンブラント(光と影のリアリティ)と画集、自画像の美術史も読み進めていこうと思っている。
 
ラベル:自画像
posted by トモ兄 at 01:15| 東京 ☀| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

夏読書_レンブラント_1

 レンブラントの祖先は、早い時期からレディン(オランダのアムステルダムの近く)に拠点を構えていた。裕福な一家で、ライン川沿いに水車を所有し、粉屋を営み生計を立てていたようだ。父(1567/68-1630)は、製粉業を営んでいて、母(1568-1640)となる人とは、1589年に結婚。多くの子供に恵まれ、レンブラントは下から2番目に生まれた。後にオランダを代表する画家となる。

 『レディン市誌』に、レンブラントの記述が残っている。

 ヤン・ヤンスゾーン・オルレルス(1570-1646)はレディン市長を務めた人で、レディン市出身の著名人の伝記を書いた。『レディン市誌』初版は1614年に刊行され、同書の改訂版がつくられた。その時に新たに加えられたのが、レンブラントの短い伝記だった。

 レンブラント・ファン・レイン
ハルメン・ヘリッツゾーン・ファン・レインとネールチェン・ウィレムソドホテル・ファン・ザイトブルークの息子。
1606年7月15日レディン市生まれ
(『レディン市誌』第二版 1641年)

 内容は
1.両親はラテン語を学ばせ、レディン大学に14歳で入学。
2.レンブラントの関心は、絵画・素描の芸術に向いていた。
3.そのため両親は、地元レディンの画家のもとで絵画芸術の
 基礎を約3年間学ばせた。
4.その後、アムステルダムの著名な画家である、
 ピーテル・ラストマン(1583-1633)の下で
 半年間研鑽を積む。
※ピーテル・ラストマンは、レンブラントの最初期の絵画様式
 形成に重要な役割を果たした。
 ラストマンは、当時第一級の「歴史画家」であった。
 彼の特徴は、物語叙述の綿密な構成にある。
 また、その表現技法を支えたのが、
 彼がイタリアで学んだ経験に基づく。
5.レディンに戻り画家の道を歩み始める。
6.レンブラントは、素晴らしい才能を示す。
7.多くの注文を獲得したため、1630年ごろには
 アムステルダムに拠点を移した。

 カラヴァッジョの表現技法である明暗法が、レンブラントにどんな経路をたどり影響を及ぼしたのか。という最初の疑問は、ラストマンとユトレヒト・カラヴァッジェンスキーからの影響のようだ。

 ラストマンは1603-1606年頃までのイタリアのローマ・ヴェネツィアでの滞在で、イタリアの美術や画家たちからの影響を受けた。ラストマンが学んだことは、当時ローマで最も強い影響力を誇っていた、カラヴァッジョによる明暗表現やエルスハイマーの色彩の明るさや質感表現だった。
 レンブラントは、ラストマンの新たな様式の上に、さらなる革新性を展開した。

 また、カラヴァッジョに強い影響を受けた画家は「カラヴァッジェンスキー」と呼ばれた。その中でも最も重要な存在が、イタリア留学していたオランダ人画家たちで、彼らは、ユトレヒト出身者が多かったため「ユトレヒト・カラヴァッジェンスキー」と呼ばれ、カラヴァッジョから吸収した明暗表現で絵画を制作し、オランダでも強い影響力を持っていた。そして、レンブラントもその影響下にいた。

 レンブラントはこの「ユトレヒト・カラヴァッジェンスキー」の明暗表現を、さらにラディカルに用い、大胆な造形表現を行った。

 その典型的な例がレンブラントの《エマオの晩餐》『カラヴァッジョとレンブラントの違い』で、キリストの背後に超常的な強い光源が設定されているが、カラヴァッジョの《エマオの晩餐》に比べると、ソフトな光で物語の劇的な一瞬を捉えていて、キリストはほぼシルエットとして大胆な画面構成となっている。

 レンブラントは、イタリアで修業を積むことはなかったが、新鮮な芸術的創意工夫や独特の明暗表現によって、画家として高い評価を獲得した。 

 また、レンブラントの作品に、なぜ自画像が多いのかについてはどうだろう。レディンで活動していた時期は、肖像画をほとんど制作していない。ところが、アムステルダムに拠点を移してから、数多くの肖像画を制作するようになった。

 なぜだろう。

posted by トモ兄 at 01:34| 東京 ☔| Comment(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月05日

一昨日は、『レ・ミゼラブル』を見た

 一昨日は、昨年のフォルダーやファイルやスケジュールを見ながら、今月や来月に必要なものを準備。
 夕食をとってからは、プライ・ムビデオで『レ・ミゼラブル』の映画を見た。

 ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』を読んでいないが、映画を見た感想は、過ぎ去りし日の夢は希望に満ちていたが、夢に破れた多くの登場人物の壮大な物語で、あぁ無情!というような単純な感想は持ちたくないと思った。

 小説や演劇や映画は、主人公や登場人物の精神的な葛藤が描かれ仮体験ができる。その後で、鑑賞者自身のこれまでの人生に照らし合わせながら、様々なイメージが脳裏に投影される。

 現実は、他人のドラマチックな一生や精神的な葛藤は分からないことが多い。しかし、虚構で作り上げられた世界では、現実や虚構に興味を覚える必要はない。あくまでも興味ある人を追い続けその物語に取り込まれ、その人の最後の時までも一緒に迎えてしまう。そして僕たちは見送り、現実に覚醒し記憶だけが残る。

 もちろん生まれた時の記憶はない。しかし、旅立つ瞬間はきっと何かあるに違いないと思いたいのだが、その記憶さえもともに旅立ってしまう。



 『レ・ミゼラブル』でジャン・ヴァルジャンの旅立つシーンが描かれている。彼は罪を悔い改め、愛によって生きる力を得る。彼は長くて辛い人生を果敢に生き抜いた。最後はコゼットやマリウスに看取られ、司祭やファンティーヌに導かれ安らぎの地を得る。
 そこに『レ・ミゼラブル』の一筋の希望を感じた。
 もし人が旅立つときに人生の安らぎを感じるとしたら、なんて人生は切ないのだろうか。

 こんな感想でいいだろうか。

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posted by トモ兄 at 17:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

最近、見た映画

 今日は6時起床し朝シャン。朝食をとり、すぐに事務仕事と来月のスケジュールを組んだ。午後からは、プライム・ビデオで映画を見ようと思った。

 最近見ているのは、たまたまだが戦争ものを連続して見たた。この手のジャンルはあまり見ないが、ヒューマンドラマやAIをテーマにしたものを多く見ていて、ちょっと違ったものを見たくなったのか。

 その作品は、

13時間 ベンガジの秘密の兵士(2016年の映画)
 2012年にリビアで発生したイスラム過激派による、アメリカ領事館襲撃事件を映画化したもので、6人のCIA警備兵(民間軍事請負業者のチーム「G.R.S.(グローバル・レスポンス・スタッフ)」)が繰り広げる13時間の激闘を臨場感たっぷりに描き出す。日本では、何らかの理由で劇場公開されずビデオスルーされた。

ネイビーシールズ (日本公開2012年)
 アメリカ軍の中でもエリート中のエリートが集められる特殊部隊、ネイビーシールズを題材にしたコマンド・アクションで、コスタリカで麻薬カルテルに監禁された、CIA女性エージェントの救出劇。ところがそれで済まなかった。テロリストが、米国内の主要都市で自爆テロを計画していることが分かる。テロリストの拠点がメキシコにあるため、ネイビーシールズはメキシコ軍特殊部隊と共同で急襲作戦を決行。ネイビーシールズの死闘を描き出す。

ゼロ・ダーク・サーティ(日本公開2013年)
 2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件の首謀者と断定された、ウサーマ・ビン・ラーディンの捕獲・殺害ミッションに挑む特殊部隊を描いた2012年のアクション・サスペンス映画。
 
 この3作品は実際にあったことを映画化したもので、しかも同時代の出来事だ。なぜテロが起きるのか歴史的背景を知ることが必要だし、現実的な対応はより必要だ。この映画の感想はどんな立場で見るのかで変わってくるのだろう。そんな感想を持った。ぼくにとって、娯楽として見るのは厳しい。

 そして今日は、
きみに読む物語(日本公開2005年)
 身分違いの純愛を貫く珠玉のラブストーリーで、認知症を患い過去を思い出せずにいる老女(妻)に、老人(夫)がノートに書かれた物語を読み聞かせる、ヒューマンドラマ。
 実は有楽町の映画館で見ていた。なるべくプライム・ビデオでは、見ていない作品にしたい。
 最初は、「きみに読む(愛の「←記憶違い」)物語」という映画は微かに覚えがあったが同じだろうか、と思いながら見ていた。見ていたらすぐに止めるつもりだった。

 ところが、見ていたことを忘れてしまってまた見てしまった。途中で老女(妻)が記憶を取り戻すシーンがある。そして、ラストシーンはジーンときた。この映画は名作だ。

 今から、またプライム・ビデオで映画を見る。

 結局この日は3本立。3本目は途中で(-_-)zzZ
 昔、映画館では2本立てが当たり前だった。たまに3本立てを見た。
 実感するが、無節操な3本立ては止めた方がいい。
 明日、見直す。

 ◎きみに読む物語(日本公開2005年)

 ◎恋とニュースのつくり方(日本公開2011年)

 ◎ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(日本公開2012)

 
posted by トモ兄 at 21:38| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

いつの間にか『ブレードランナー』に 

 卓球の動画を見ながら、東京五輪卓球部を書こうと思っていた。ところが、なぜか2017年制作のアメリカSF映画『ブレードランナー 2049』の新予告編を発見してしまった。
 この映画は、1982年に公開された『ブレードランナー』の続編だそうだ。これは必ず大きな画面で見たい。

 十数年前に、仕事関係者と新宿西口の端の方でお酒を飲んだ。その店は、茶室のような入口で身体を折らないと入れない。お皿やおちょこ類はその店のオーナーが自ら焼いたもので、こだわりのあるお店だった。

 帰り道ふと見上げると、新宿の空を狭かったが、その端の方に新宿のビル街が見えた。そして、ここに電光掲示板が点滅する飛行船が飛んでくると、若干おとなしい街並みだが『ブレードランナー』の世界だ。

 視線を移すと、そこにはなんと「強力わかもと」の看板があった。というのは冗談です。お許しを_(._.)_

 後から分かるが、環境破壊が進んだ時代設定の人口密度の高い廃退的な近未来都市の高層ビル群は、リドリー・スコットが来日した際に訪れた、新宿歌舞伎町のイメージをヒントにしたそうだ。残念だったが、新宿西口でなく東口方面だった。

1982年公開された映画『ブレードランナー』





映画『ブレードランナー 2049』新予告編




 なお、『ブレードランナー 2049』の日本公開が10月27日に決定したそうだ。

 前作は、人殺しをしたレプリカントを捜査官であるリック・デッカード(ハリソン・フォード)が突き止め、戦った。
 今作は、新人ブレードランナーのK(ライアン・ゴズリング)が、30年間行方不明になっているブレードランナーのリック・デッカード(ハリソン・フォード)の協力を仰ごうと探し始めるが――。
 
 さて、これからどうなるのだろう
 それは、見てからのお楽しみ(^_^)

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2016年09月03日

レンブラント リ・クリエイト展2016(仮)感想


 自宅から1時間20分で、横浜のそごう美術館に着いた。思ったよりも近かった。

 まず、僕の「夜警」のイメージの元画像

夜警.jpg

 
 そごう美術館のホームページで、
 「レンブラント リ・クリエイト展2016」の画像

レンブラント*.jpg


 「レンブラント リ・クリエイト展2016」の画像を見ると34人の姿を見ることができる。
 ところが、僕の「夜警」のイメージの画像には31人。また、問題だった空間の明暗はやはり違っていた。

 なぜ違ったのか。

 「リ・クリエイト」とは、レンブラント・リサーチ・プロジェクトより提供を受けた画像素材を最新技術により、17世紀の色彩を求めて美しく再創造することらしい。
 
 まだ明確に言えないが、アムステルダム国立美術館では見ることのできない、当時の色彩と34人を再現した。
※なぜ再現できたかは参考資料があった。レンブラントが「夜警」を完成させてから数年後、アムステルダム出身の画家、ヘリット・ルンデンスは原作より小さいながらも正確に模写した。ルンデンスの模写は板に描いていたため、原作の「夜警」ほど表面が変色してなかった。また、模写には18世紀に切断されてた部分も残っていた。

 だから、「リ・クリエイト」は17世紀の色彩と34人の姿を再現できたらしい。

 それから、新たな疑問も浮かんだ。

 レンブラントは、なぜ多くの「自画像」を描いたのだろう。
 「レンブラント リ・クリエイト展2016」では、世界中に散らばる349点のレンブラント作品から自画像全41点を含む、厳選された約200点がそごう美術館に集結した。

 「レンブラント リ・クリエイト展2016」の
 キャッチコピーに、

時代を超えて 

よみがえる“光と影”


 とある。劇的な明暗表現のことだろうか。それだけではなさそうだ。レンブラントの青春の“光と影”といえば分かりやすい。もっとも有名な「夜警」という作品は、レンブラントの創作活動の分岐点でもあるようだ。

 さっそく、そごう美術館のショップで購入したレンブラント「エルンスト・ファン・デ・ウェテリンク著」とレンブラント「熊沢弘著」を読み始めている。

 オランダ レンブラント・リサーチ・プロジェクト公認
 「レンブラント リ・クリエイト展2016」は明日が最終日。ほんと観てよかった。

posted by トモ兄 at 18:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月13日

昨日、gacco講座無事終了した


 今だからこその江戸美術 Edo Visual Culture As We Really Should Know Itを受講し、Week1〜4の理解度確認クイズと最終課題のレポートを提出し成績は91%。終了条件(60%以上)を満たした。講師は、大妻女子大学比較文化学部 教授 高山 宏先生。

 この講座を受講するきっかけは、生誕300年記念若冲展だった。東京都美術館では2時間も待たされ若干腹が立ったが、作品は素晴らしかった。なので、感想文を書こう思いカタログを読み始めたちょうどその頃、gaccoの講座で今だからこその江戸美術で、第2週:伊藤若冲/円山応挙(マニエリストとしての若冲)を発見した。伊藤若冲とマニエリストってどんな関係があるのだろうか。ということで講座を受講したが、江戸の中後期の美術を、ヨーロッパで出現した表象論とマニエリスム論とザ・ピクチャレスクで吟味していく。おかげさまの初めて経験で、完全に僕の頭は混沌としてしまった。

 最終課題は、18世紀英国最大の文化的発明とされるピクチャレスクについて、その出現の経緯から日本への(ありうべき)影響まで、400字以内でレポートを提出。この課題の意図は、江戸美術なので日本への(ありうべき)影響に文字数をもっとさくべきだったが、ピクチャレスクの生い立ちが余りにも面白かった。なので、キーワードである、長崎派の土井有隣や横浜の横浜絵は簡単に、葛飾北斎の画業は省略し、(ありうべき)影響は、少し強引だったが単なる風景画でなく西洋の文化を伝える装置としても発展したと結んだ。

以下が400文字レポートです。

ピクチャレスクとは風景を主題とする絵画で、自然に対する美意識は17世紀以降のイギリスで起きた。当初は、イングランドとスコットランドの自然環境などの違いで芽生えたが、イギリスはルネサンスを未経験で、特にイタリアに根強いコンプレックスを抱き、長い戦争の経験でフランス文化に嫌悪感が生まれた。この二つの倒錯した感情がピクチャレスクという不思議な美意識をつくりだした。
特徴的なことは 、左右の不均衡な構成の絵画に刺激され、クロード・グラスという凸面鏡で風景を写生した。またカタストロフィなサブライムの二極に別れた絵画を「理想の風景」とした。
江戸中後期の美術を新たな視点のピクチャレスクで捉えると、開港していた長崎では長崎派と呼ばれる土井有隣や、横浜では横浜絵がある。鎖国時代にもピクチャレスクは輸入されていて、日本独自の浮世絵や錦絵と融合し、単純な風景画としてではなく西洋の文化を伝える装置としても発展した。(399文字)

 僕の中ではまだ混沌としている。
 さて、どうしよう。
 先ずは寝よう。
 
posted by トモ兄 at 02:35| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月02日

7月が始まった_2


 最近、ある人と俳句について話した。その人は先生について俳句を勉強しているらしい。
 彼が先生に褒められた句を披露してもらったが、どうしてもその良さが分からなかった。
 僕は、彼のように頻繁に句を詠まないが、初めてお茶メーカーの俳句募集に応募し佳作に選ばれ、掲載された作品が本になって送られてきた。そんな話しをした。

 すると彼は、それは俳句でなく川柳だといった。
 そうだろうか。彼と俳句の話しはもうしない。
 ばかばかしい。
 
 ある日、兄よりブリューゲルの展覧会に行った感想メールが届いた。印象に残ったのは『イカロスの墜落』だったそうだ。僕はその絵を知らなかったので、すぐにネットで調べた。
  
 この絵はとても謎に満ちていて、イカロスが海に墜落し海上に両足が見えている。絵には3人の登場人物がいる。農夫と羊飼いと漁夫がいて、この大惨事に気づいていない。または興味を示していない。なので、イカロスと3人の関係性が全く分からないし、遠近感も変で特に農夫が強調され、イカロスの姿は小さく見逃してしまうほどだ。これって、『イカロスの墜落』というタイトルに意味があるのだろうか。

 ところが、描かれていない重要な人物がいる。それは、イカロスと同時に空を飛んでいた父親のダイダロスの存在だ。つまり、鳥瞰図として鑑賞者は父親の視点に取り込まれる。

 感想はそんなことを思いつつ、
 俳句を詠んだことを思い出した。

 イカロスの 蹉跌をひろい 夢翔る
 
 父親の目の前で墜落していく息子を見て、その哀しみは想像を絶する。しかし、同時に偉大な建築家で発明家でもある父親は、「リスクを取る人間につきまとう悲しさ」を感じていたに違いない。人類は様々な失敗や想いを拾い集め、やがて翼を得る。
 このブログを始めた頃に書いた。
 
 gaccoで、「俳句-十七文字の世界-」という講座がある。 
 他派の俳句を簡単に川柳といってのけた人がいたが、実は僕もあまりよく分かっていない。この講座はとても楽しみにしている。

ラベル:俳句
posted by トモ兄 at 12:33| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月04日

『スポットライトが照らしだしたものは』


 今日の午前中の予定はブログを書く、と書くが、もう4回もかき書き直している。仕上がりの良し悪しよりもそれ以前の問題で、なかなかまとまとめることができなかった。なぜだろう。単に個人的な日記なのに。

 21時就寝、6時起床。今朝、『スポットライトが照らしだしたものは』という言葉が浮かんだ。もしかすると、寝ている最中でも頭のどこかで悩んでいたのか。ふと、このタイトルでまとめることができるかもと思った。

 当初は、「カラヴァッジョ展の後日談とスポットライト」でブログを書き始めていた。

 まさか、カルパッチョがルネサンス期のイタリア人画家だったとは驚いたが、同時に、当時(16〜17世紀頃)の宗教が美術に与えた影響も読み進めていた。
 5月1日、シネコンで『スポットライト 世紀のスクープ』を見た。おそらく、何らかの関連がある。だから、数ある映画のタイトルの中でセレクトした。そこに共通するキーワードがある。

 それは、「スポットライト」と「カトリック」だった。
または、権威や権力は腐敗する、だろうか。

 カラヴァッジョが生きた時代は対抗宗教改革のさなかで、ローマカトリック教会は、抗議勢力であるプロテスタントを弾圧したが、同時にカトリックも厳しく自己革新を行った。

 「カトリック」は教皇をトップとした軍隊のような強力なヒエラルキーを持つシステムで、教会主義(神の仲介役)だが、次第に教会内の世俗化や腐敗が広がり、バチカンにあるサン=ピエトロ大聖堂の建築費用などを捻出するために、免罪符も販売するようになった。この札を買うと罪が許されるという教えはキリスト教になく、「カトリック」の一部に、教義上の問題や腐敗を抗議する者が現れプロテスタント(抗議者)と呼ばれるようになった。

 また、当時のローマでは大規模な教会や有力な貴族などの邸宅も建築され、建物を装飾する絵画が求められたが、ルネサンスやマニエリスムは、もはや時代遅れと見なされていた。このような状況に、対象物を理想化しないでより自然でドラマチックに表現した、カラヴァッジョがローマ画壇に登場した。
 カラヴァッジョは、ローマを熱狂させただけでなく、ルネサンスを越え、新しい美術様式のバロックの魁となりに強い影響を及ぼした。

 カラヴァッジョでいう「スポットライト」とは、人間の姿を写実的に描く明暗法のことで、光りと陰を明確に分けた。つまり、暗闇の中である対象物を照らす光を「スポットライト」と捉えた。この光りは宗教的に神の愛と解釈され、絵画的にはドラマチックな効果を生み、信者に感情移入を助ける。
 当時、「カトリック」では、聖書がラテン語で書かれていたため、聖職者のみが言葉を理解・解釈し、信者に信仰を伝えていた。宗教画はラテン語を読めない人のための聖書であると捉えられ、プロテスタントへの対抗手段として教義の補強や、イメージそのものを祈るのではなく、仲介者とし本質を礼拝。宗教心を喚起した。

 そして、『スポットライト 世紀のスクープ』の「スポットライト」は、「カトリック」の深い闇に、ジャーナリストが強い光を照射し、カトリック教会の性的虐待を暴露した。

 この映画は、ピューリッツァー賞を受賞したボストン・グローブ紙の調査報道を描いた実話に基づいた社会派ドラマで、後味は良くなかったが、とてもいい映画だった。
 この映画はの感想は、以前何かで読んだような気がするが、システムの破綻だと思った。宗教の問題だけでなく、最近の企業の不正問題は目に余る。巨大なシステムが機能不全なのか、それとも個人の問題なのか。それとも、厳しい自己革新か…

 ボストン・グローブ紙のスポットライトチームは、少数精鋭の個性的な集団で、同じ目標を共有することで目的を達成し、この集団のシステムは優位に働いた。
 ところが、なぜが巨大なシステムは例に漏れず権威や権力は腐敗する。 
 映画の中で、電話音声のみだが、心理療法士のセリフで統計の数字がとても気になった。また、宗教にほとんど無関心なものが言うのも可笑しいが、対抗宗教改革で、カトリックも厳しく自己革新を行ったことは意義深いことだったと思うが、遠因になったこともあるのではと思ったりもする。いずれにしても、人は罪深いのものだ。


 余談ですが、本作の監督・脚本でトム・マッカーシーの名前は、全く覚えていませんでしたが、何となく気になっていて調べてみました。
 びっくりしたのですが、彼の作品で『靴職人と魔法のミシン』を銀座の映画館で見ていました。

『見たい絵画と映画』
http://50blog.seesaa.net/article/422086224.html
東京ステーションギャラリーなう_2
http://50blog.seesaa.net/article/422192727.html

『見たい絵画と映画_2』
 http://50blog.seesaa.net/article/422100286.html
『映画を観た」
http://50blog.seesaa.net/article/422313566.html

 何となく、絵画といい映画といい
 好きな傾向があるような
 ※いろんなサイトやブログを参考にした。
posted by トモ兄 at 14:20| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月23日

カルパッチョとカラヴァッジョ展の感想(仮)


 4月10日、国立西洋美術館でカラヴァッジョ展を鑑賞した。
感想文を書こうと思ったが、何せカルパッチョとカラヴァッジョの違いが分からない。どちらが美味しいの?つまり、全く知らない。この程度の知識しか持ち合わせていない。

 まずは、ウィキペディアを調べる。

 ということで、カルパッチョって何?
 カルパッチョ(Carpaccio)は、生の牛ヒレ肉の薄切りに、チーズもしくはソースなどの調味料をかけた料理の総称である。ところが、起源が面白い。ルネサンス期のイタリア人画家であるヴィットーレ・カルパッチョが、薄切りの生牛肉にパルミジャーノ・レッジャーノをかけた料理を好んだことから、彼の名を取ってカルパッチョと呼ばれているという説がある。
 実は、カルパッチョは画家の名前だった。

 ヴィットーレ・カルパッチョ(Vittore Carpaccio, 1455年頃-1525年頃)の作品を閲覧して分かったことは、風景画に優れていて、建築的遠近法を使っている。また、幻想的で静的動作の人物や、柔らかな光の描写などが特徴的だった。
 いわゆる、イタリア盛期ルネサンスの15世紀末から16世紀初頭のヴェネツィアの代表的画家だった。

 カルパッチョとカラヴァッジョは、ほんと偶然で狙ったわけでない。しかし、この二人の画家の画風を比較すると、ルネサンスやバロック美術様式が一目瞭然で分かる。また、カラヴァッジョのバロック期における位置付けも分かる。

 さて、本題のカラヴァッジョとは。
カラヴァッジョは通称で、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio、1571年9月28日-1610年7月18日)で、バロック期のイタリア人画家。
 
 カラヴァッジョを紹介するには、カラヴァッジョ展のチラシはほんとよくできている。チラシの部分を載せる。
同時にヴィットーレ・カルパッチョの作品と比べてみる。

カラヴァッジョ展のホームページ
http://caravaggio.jp/?utm_source=google&utm_medium=search&utm_campaign=normal1
ヴィットーレ・カルパッチョ
http://art.pro.tok2.com/C/Carpaccio/Carpaccio.htm

カラチラシ.jpg


ルネサンスを超えた男。

ローマを熱狂させた ドラマチック。


 ルネサンス期は、現実を本当らしく描きだす苦心や宗教画に見られる神の超越的存在や人間の理想化などから、バロックは規範からの逸脱という意味の言葉で、芸術の刷新を目指した。
 バロック期は、人間の豊かな表情やポーズ、動感の強調。また、風俗画・風景画・静物画などの現実に密着した画種が独立する。
 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョは、風俗画や静物画だけでなく、宗教画の人物も現実感溢れる庶民の姿で表し、強烈な明暗法を駆使し内面的ドラマを印象的に描いた。
 つまり、斬新なドラマチックなスタイルが、規範からの逸脱という意味で、ルネサンスを超えた。
 また、多くのカラヴァジェスキという追随者を生み、17世紀(バロック)の西欧絵画全体に深い影響を及ぼした。
 レンブラントの「夜警」やラ・トゥールの「大工の聖ヨセフ」は、容易にカラヴァッジョの影響が想像できる。

 また、「法悦のマグダリアのマリア」の、人の観察力と表現力には圧倒される。この艶めかしさはいったいなんだろう。どんな内面的ドラマがあるのだろうか。必見の価値あり。

4.jpg


「法悦のマグダリアのマリア」は、個人的な想像で感想を下記ブログにまとめました。
 カラヴァッジョ展を観て
http://50blog.seesaa.net/article/436487254.html

 最後に、もう一度。
 カラヴァッジョ展は、必見の価値あり。
 ドラマチックに、ルネサンスを超えた男。
 感想は、チラシのまんま(^_^;(仮)

 ちなみに、カラヴァッジョが活躍した1600年〜1610年、
 日本では、関ヶ原の戦い、徳川家康が江戸幕府を開く。狩野派や長谷川等伯の活躍。京都で出雲阿国の歌舞伎踊り。
 世界では、東インド会社の設立。ファブリキウス、静脈弁を発見。医師ペーゲル、輸血を行う。ヤンセン父子顕微鏡の発明発売。ガリレイ、天体望遠鏡で天体観測。シェクスピア「ハムレット」、セルバンデス「ドン・キホーテ」などなど
 
 手持ちの、情報の歴史【監修=松岡正剛】、西洋美術史【監修=高階秀彌】、美術検定【美術出版社】を参考にしながら書きました。

posted by トモ兄 at 11:18| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月11日

東京ステーションギャラリーなう_2


ステーションギャッリー.jpg


北陸新幹線開業記念
没後30年 鴨居玲展 踊り候え
Rey Camoy Retrospective:
on the 30th anniversary of his death
会期:2015年5月30日(土)― 2015年7月20日(月・祝)
May 30th - July 20th

 鴨居玲は、見たい画家だったがすっかり忘れていた。と書いた。東京では25年ぶりの回顧展だそうだ。僕は東京に住んで40年。だから、ほんとうは25年前に初対面するはずだったが、今日となった。
 
 ただし、長居は無用だ。


 二つの作品で感想をまとめる。

作品「1982年 私」1982
真っ白なキャンパスに、描けなくなった私。
※ 真っ白なキャンパスに、苦痛の表情を浮かばせる鴨居玲。
回りには、これまでの題材であった老人たちが取り囲み、
新たな題材を待ちわ焦がれる。つまり、これもまた私。
後ろに、愛犬が寄り添う。

作品「肖像」1985
我を忘れて、さようなら。
※ 顔を外されたのっぺらぼうな頭部。
自嘲なのか最後の挨拶なのか
それとも、我を忘れて没頭している姿なのか。
そのエネルギーが、この自画像を描かせた。 

人生は儚い夢のようなものだ。
だから、我を忘れて没頭しよう、楽しもう。
キャンパスには心魂を刻んだよ。
たまには、僕の話しも聞いてくれ。
そろそろお向かいが来る、さようなら。

憂きも一時 嬉しきも 思ひ覚ませば夢候よ 
酔い候え 踊り候え
なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ   
(閑吟集)

Rey Camoy 鴨居玲





第1章「初期から安井賞受賞まで」 没後30年 鴨居玲展 踊り候え 東京ステーションギャラリー
https://youtu.be/ifjmpR45-Ts

第2章「スペイン・パリ時代」 没後30年 鴨居玲展 踊り候え 東京ステーションギャラリー
https://youtu.be/Yw0cHB9Z9eo

第3章「帰国後の神戸時代」 没後30年 鴨居玲展 踊り候え 東京ステーションギャラリー
https://youtu.be/VBVHggM62E0

第4章「デッサン」 没後30年 鴨居玲展 踊り候え 東京ステーションギャラリー
https://youtu.be/aRc-FmQ03gQ

ラベル:踊り候え 鴨居玲
posted by トモ兄 at 18:38| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京ステーションギャラリーなう


ステーションギャッリー.jpg


北陸新幹線開業記念
没後30年 鴨居玲展 踊り候え
Rey Camoy Retrospective:
on the 30th anniversary of his death
会期:2015年5月30日(土)― 2015年7月20日(月・祝)
May 30th - July 20th

 鴨居玲は、見たい画家だったがすっかり忘れていた。と書いた。東京では25年ぶりの回顧展だそうだ。僕は東京に住んで40年。だから、ほんとうは25年前に初対面するはずだったが、今日となった。
 
 ただし、長居は無用だ。
 
 つづく…
   
ラベル:踊り候え 鴨居玲
posted by トモ兄 at 18:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする