2019年10月26日

週末は考えごと&実践

 明日はいよいよ待ちに待った、秋季団体戦(ランク戦・入れ替え戦)で、5部脱出を狙う。今回こそチャンスだ!なんの根拠もないが、気持ちだけは負けてられない。また、美味しい飲みニケーションをするためにも。

 そこで、今日はどう過ごそうか。

 いまから、マウンド舎人の手前まで散歩することにした。登ってしまうと、ダメージが残ってしまうので、気分転換するために散歩する。

 それから、ミニミニ週末プロジェクトのことを準備する。これが今の最大の懸案で、もうすでにスタートしている。昨日も書いたが、「いつも、ギリギリセーフ」は、気を抜いてしまうと死活問題までに発展する可能性がある。これは事実なのだ。

 また、大袈裟になってしまった。
 
 まずは散歩しよう。
posted by トモ兄 at 10:26| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月25日

40数年後の早期退職制度で退社を決める

 と言いながら、また長崎の話(友人の話)。この話が面白しろくてメモしたくなった。40数年前の父と子のやりとりで退社ができなくなり、自分自身の意志で退社を決めたのは、その40数年後だった。
 その出来事を本人も楽しそうに話し、僕も笑った(^_^)

 就職試験を受けた2社の結果を待っていて、先に合格通知があった会社に入社を決めた。この会社は誰もが知っているナショナルブランドの会社だ。
 ところが、いまでいうブラック企業どころではなかったらしく、厳しい業務で残業代が全く付かなかった。友人はどうしても納得いかず退社を考えた。

 他社の役職に就いていた父親に相談すると
 「仕事が遅いのだろ」とか、おそらく「辛抱が足りない」
 とか「嘘だろう 信じられないぞ」とか... 

 そういうやり取りが何回もあった。

 結局、友人は父親に
「給料明細書を見せて、父親に身の潔白を訴えた」
 
 父親はそれを見て分かった
 「オレが乗り込んでクレームを付ける」(-.-#)待ってろ! 
 
 友人は父親に
 「それだけは、頼むから止めてくれ」なんとか頑張るから!
 とうとう、その会社を勤め上げ次長職で早期退職制度を
 活用し退社を決めた。

 僕は1カ所の会社で勤め上げた経験はない。仕事と給料の好条件を求めデザイン会社を変わり続け、とうとう独立した。
 
 友人の話は、僕と対極にある。
 現在は幸せそうに見えた。おそらく、1社を勤め上げた人は、様々な苦労があったことは違いない。しかし、ご褒美としての「幸せな結末」という、予定調和で帳尻が合うような感じがする。
 だから、本人も楽しそうに話したし、僕も笑った(^_^)

 僕には、その予定調和がないような気がする。
 いつも、ギリギリセーフのようだ。
 今日、別の人と打ち合わせをすると
 その人は、「アウト」でないからいいじゃない。

 それもそうだな、変に納得してしまった(^_^)/

 読み返しながら、書き足りないと思った。

 付け加えたい
 この出来事は間違いなく
 友人のオヤジさんの「ファインプレー」だった。
 素晴らしすぎ(^_^)♡

posted by トモ兄 at 11:06| 東京 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月23日

ヘボ卓球となんちゃって富士講

 昨日はいつものように仕事して、夕方からヘボコーチ&飲みニケーションを行った。少し早めに行ったので、10分ぐらい久しぶりにカット打ちができた。ところが膝がガクガクに。これじゃ来週の試合どころか、怪我する可能性さえある。あと試合まで数日あるので、軽めの負荷を膝に掛けることにした。

 無駄な抵抗かもしれないが、毎日早足で約1時間半の舎人公園散歩。マウンド舎人へ登り、その頂上で富士山を眺めることを、なんちゃって富士講と勝手に呼んでいる。たいしたことはないと思えるかもしれないが、これが結構いい運動になる。
 ほんとバカバカしいかもしれないが、マウンド舎人を富士講の信者が富士山を模して築いた塚と見立てる。またオーバーな話になるが、僕にとって一種の修業の場なのだ。信じる者は救われる。

 こんなに富士山がハッキリ見えたのは初めてだ。
 とてもすがすがしい気持ちになった。
  
1023富士講.jpg


posted by トモ兄 at 15:54| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月22日

耳を傾けてくれた50人を意識して..._2

 果たして、50人はどんな属性があるのだろう。男性・女性?また年齢は?分からないと、どんな風に意識するのか。

 話は9年前に遡る。

 「50歳のアフィリエイト」は、2008年01月05日に始めた。仕事がゼロで、余りあるほどの時間。そこで年末年始に、アフィリエイト本を3冊購入し読んだ。もちろん目的はアフィリエイトブログ。本の内容で共通していることは、まずは記事数を増やし、1日3,000アクセスを目指すこと。ということで、無謀にもまずはアクセス数を目指した。何を書けばいいのかさっぱり分からない。

50歳のブログ_1.jpg

 2010年01年28日のブログ(ブログ開設2年目)
「50歳のブログ」で検索すると、187,000,000件でトップに。思わずその記念に、スクリーンショットでYAHOO!の検索画面を記録。友人に話すと、「売上げは100万ぐらいでしょう」。そんなことはまったくなく、さっぱりだった。当時、記事を増やすことに集中し、アフィリエイトの具体的なやり方は分からなかった。なので当時、2年間で収入は500円ぐらいだったろうか。


 2010年02月22日のブログ
 ([Demographics Prediction(分布予測)]で
  属性を調べる)

 そして、以外なことが分かる。

50歳のブログ_2.jpg

 マイクロソフトのadCenter Labsのサービスで「Demographics Prediction」を試してみました。結果は、以外なものだった。男女比は、ほぼ同比率で男性が58%、女性が42%。ブログの内容的には、ぼく(男性)の視座・視点で書いていたので、男性の方が大半だと思っていた。

 最も意外な結果は、ブログの名称でも分かるように、ターゲットの年齢設定は「50歳代」。しかし、「予測分布」の数字を見ると、最も好意的なのは<18歳。そして最も低かったのが50歳+だった。全く逆の結果がでた。
 これをどう捉えればいいのか、未だに把握できない。

 しかし、ポジティブに考えると、若い人たちに支持されていことは、一つの「明るい材料」になると思うことにした。

 現在、結局は様々なテーマで書いた内容で、アクセス数にどのような変化が現れるかで、耳を傾けてくれた人を意識するしかないと思っている。つまり、アクセス数が増えると、楽しんでくれているのかと。

 それから、新規顧客が獲得でき少しずつ本業が回復し始め、最近では、特訓とか修業とかオーバーなことを書いている。

 9年前の古いデータから話を進めた。現状のブログは日記になっている。9年前と同じ状況ではないが、耳を傾けてくれた50人を意識して書きたいと思っている。

posted by トモ兄 at 15:25| 東京 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月21日

耳を傾けてくれた50人を意識して...

 >また、「60歳のファイト」の在り方も考えたい。
 ということで考えている。

 まずはアクセス数の基礎データから。2013年の調査で、ブログの1日平均アクセス数は78%が「50アクセス未満」。アクセス数が500以上あればトップ3%に入るそうだ。僕の今月のアクセス数(seesaaブログのアクセス解析)は、200〜800ぐらい。今月の平均は約300で、トップ6%に入るのだろうか。今度アナリティクスを学習しながら、様々なデータを調べてみようと思っている。おそらく、間違いなくこんなに多くない。

 「60歳のファイト」は、日記で自分のために書いている。これまでにも何回か書いているが、テーマは「サバイバル」で「生き残ること」。ブログは借金返済のための精神安定剤だった。これが本音だ。しかし、いまは少しずつ、ポジティブに考えられるようになってたきた。勿論努力もしたが、ラッキーとしかいいようがないと思っている。

 当初のブログタイトルは「50歳のアフィリエイト」で、
 現在は「60歳のファイト」に変更した。

 「60歳のファイト」で検索すると、約1,000万ページのトップに表示される。「ザ・おやじファイト」が遙かに面白そうだが、

 こんな風に考えるようになった。
 もしも、僕の身勝手な話に、耳を傾けてくれた50人がいたならば、自分のためにだけではなく、少しは彼らを意識して書いてはどうだろう。そんなことを考えるようになった。ブログを書いている人は分かると思うが、嘘でも冗談でも、アクセス数が1,000ページを超えると、驚くとともにとても幸せな気分になる。つまり、実はアクセス数という無言の人たちに支えられていた。

 現在思案中(^_^;)
 いま分かっていることは、そう簡単なことではないことだ。
 さてどうなることやら ファイト(^_^)/

posted by トモ兄 at 22:26| 東京 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする