2021年09月05日

久しぶりの散歩と新聞を読む

先週は忙しく疲れてしまった。また今週も忙しくなる予定だ。だから、昨日と今日も予定表は書かないで、ゆっくりとのんびりと過ごす。

昨日は雨が止んでから散歩。

昨日は予定表を書かなく、気が緩み何もできなくなった。
しかし、朝日新聞の朝刊は読むことにした。

一昨日の1面は、「管首相、二階氏に出馬伝達」
そして、昨日の1面は、「管首相 退陣へ」
まさかの豹変か。新聞やニュース、ネットなどを見ると、「新型コロナ対策に専念」と「総裁選(総理大臣・国家最高権力者)での闘争心喪失」のようで、様々なことが取り沙汰されている。

街のインタビューを聴くと「おそらく、誰がやってっも同じ結果だったのでは」という人がいた。僕もそう思った。つまり、国家的問題は、例外なく未体験ゾーンの繰り返しで、先手先手で手を打てなかった。また、政治家最大の武器である、言葉(説明力)による発信力に欠けていたのではないか。

それから、「アルビノ 迷信が生む悲劇」を読んだ。
ザンビアのパラ陸上選手モニカ・ムンガは、生まれつきの髪や肌の色素が薄い遺伝子疾患「アルビノ」で視聴覚障害がある。

アフリカでは、アルビノの体の一部を得ると幸運になれるという迷信があるそうだ。今も偏見や差別も根深いようだ。モニカ・ムンガは「その偏見をなくすキャンペーンになれば」と練習を続けた。昨春に息子も出産し、秋からトレーニングを再開。今春、東京大会でザンビア唯一のパラ選手としてキップをつかみ、女子400メートル(視覚障害T13)に出場。予選落ちしたが、自己記録を3秒近く更新した。

「アルビノ 迷信が生む悲劇」とは、差別やその被害は想像を絶する。同時代でこんなことが地球のどこかに存在する。つまり、モニカ・ムンガは「その偏見をなくすキャンペーンになれば」と、闘いながら走った。凄いというしかない。

以前に読んだ、三浦佑之監修「童話って ホントは残酷」グリム童話から日本昔話まで38話を久しぶりに拾い読みした。

白雪姫の話のベースに、19世紀のドイツには「その人の肉を食べれば、その人の持つ特性を身につけることができる」という民間信仰があた。つまり、お妃(グリム童話の初版は継母でなく実の母親だった)の自己顕示欲を映し出す鏡に、いつも問いかけた。

「鏡よ、鏡、 世界で一番美しいのはだあれ?」

その犠牲になたのが、我が子でもある白雪姫でその美しさを妬み、その美しさにあやかろうとした。我が子を殺して食べるというすさまじさ。当時のヨーロッパは全体的に貧しかったためなのか、実際に実の親による子殺しや子捨てという「口べらし」が行われていたようだ。

童話は寓話でもある。読んで面白いとか残酷だけでは済まされないことがある。また、様々な歴史的背景も含まれている。

ところが、ご存じのように白雪姫は7人の小人に助けられる。

また別の本には、この心優しい小人たちの話がある。子供たちは働き手でもあったらしい。炭鉱の狭い環境では打ってつけで、働かせた。だから、大人になっても働く環境に影響されたのか身長が伸びなかった。そして、当たり前かもしれないが、小人たちはその劣悪な環境から集団脱走を試み、森深く助けあいながら隠れ住んだ。そんなことが本当にあったらしい。
白雪姫は、そんな人たちに助けられた。

モニカ・ムンガは、様々な支援者に支えられ、「アルビノという迷信」と戦い、世界にその現実を知らしめるために、命がけで走るランナーであり、ストーリーテラーでもあると思った。モニカ・ムンガの闘争心は凄まじく尊敬に値する。
僕はそんな現実がいまだにあることを初めて知った。

一昨日、昨日の新聞朝刊の1面で、闘争心の火を消してしまった人と、闘争心を燃やし続ける人を読んだ。

さて僕は?

今日も予定表は書かない。
ボーッと過ごす。明日からまた忙しくなる。

posted by トモ兄 at 11:06| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする